アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第27回〜 東レの着物革命

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


先日マンハッタンにて、ジャパニーズ・ケミカル・メーカーズ・クラブさまのホリデーパーティーで一席落語をさせていただきました。実際のパーティーの場での落語は2年ぶりくらいでした。その折、東レの方とお話しさせていただいたこともあり、お客さまからよく質問される「着物の手入れはどうしているのですか」ということに関しましてレポートできればと思います。

舞台衣装にまつわる
落語家の苦労とは 

まず私たち噺(はなし)家が高座で着る着物ですが、前座さんは化繊(かせん)、ポリエステルの洗濯機で洗える着物です。木綿を高座で着ることもありません。たいがいは浅草の踊り用品のお店などで吊るし(文字通りハンガーに吊るしてある)の着物で1〜1万5000円くらいで買えます。また先輩からも代々受け継がれる着物もあります。

二ツ目に昇進すると正絹(しょうけん)の黒紋付や色紋付、またさまざまな反物で着物をあつらえます。これは全てオーダーメード、金額もぐっと上がります。一流ブランドのスーツの仕立て以上はするでしょう。そしてお手入れが大変です。もちろん洗濯機で洗えませんので、汚さないように奇麗に着るように心掛けます。

 

まず舞台衣装で食事には出掛けませんが、パーティーなどへは着て行きます。絶対に食べ物が付かないように細心の注意を払いつつ涼しい笑顔で列席します。どうしても落語をすると襟は汚れますので、襟だけは夏が終わったりや衣替えの時期に京都に洗いに出します。数年着て全体的に洗う時は洗い張りとなり、値段は数万円になります。

といいますのは、洗い張りは、いったん生地の糸を全部ほどいて洗い、また元通りに縫い直すからです。ですから、そうそう洗いに出すわけにもいきませんので、普段から汚さない工夫がいるのです。

私が入門した1999年当時、私の師匠は二ツ目、真打ちは洗える着物を着てはいけないと言っていました。その時は神楽坂にある「英(はなぶさ)」さんがとても質の良い洗える着物を出していて、発色も良く、多くの師匠方が着初めていました。

僕はお客さまから御祝儀に英の着物を送りたいと言っていただき、着物を2枚、長襦袢(ながじゅばん)を1枚頂きました。合計で25万円くらいだったと思います。師匠には内緒でしたが、師匠の前で着ていても洗える着物だとバレませんでした。そう、技術は大変に進み、洗える着物を着ていても、正絹に見えるのです。そして高い洗い張りに出さなくても、洗濯機でジャブジャブ洗えるのです。

私の師匠も数年後に洗える着物を導入して以降、正絹と併用するようになり、だんだん正絹はテレビやここぞという高座の時に着るようになりました。その分、師匠の着る正絹は大変高価であります。

東レの着物との出会い

ある日、僕は紹介を受け、馬喰町(ばくろちょう)の着物屋へ行き、東レの最新技術であつらえる洗える着物に出会いました。

英さんのとも違う発色と種類の多さで、とても驚きました。そして値段も若干安い。僕は色紋付と長襦袢2枚を注文しました。

そして第1回目の北米ツアーはこのセットで回りました。薄紫の色紋付です。アメリカの洗濯機や乾燥機に入れても全く問題ありません。これまで苦労して身に付けた着物を汚さずに落語をする、食事をする、という奥ゆかしい習性は全く要らなくなりました。

しかしです、ひとつだけ難があります。このように寒い冬になり乾燥してくると(アメリカは日本より随分と乾燥しています)、洗える着物は静電気が強く発生します。公演後に脱ぐとビチビチっときます。高座に影響はありませんが、落語の後で着物はスルリと気持ち良く脱ぎたい。

不思議なもので日本の着物は、湿度の多い日本ではかびる心配がありますが、乾燥しているアメリカの方が保存しやすい。こう考えると、正絹の着物の保存、洗い張り、洗える着物の洗濯機への耐性としても、着物を着るにはアメリカの方が適しているようにも思えます。

冬の時期の静電気を我慢するか、東レさまが頑張ってくれるかすると、アメリカは着物に最適の国ということになります。東レさま! 期待しています!

【次回予告】

次号は、Akoさんのエッセー9回をお届けします。

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語のオンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

 

お知らせ
子供、学生、大人向け落語レッスン開講中!

東三楼さんは、現在子供たちや学生、大人へ落語のグループ稽古を提供しています。落語と共に、日本語や日本の文化を一緒に学びましょう!

落語レッスンに参加したい人は、tozaburo.rsv@gmail.com宛にメールでご連絡ください。

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