サミュエル・&#
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
これまで落語の稽古は1対1で先輩や後輩とプロ同士でしてきましたが、噺(はなし)家以外の方の演じ手も増やそうと個人のオンライン稽古を始めました。
最初は、コロナの自粛もあり息子さんが部屋で楽しめる習い事としてのお問い合わせがあったのですが、なんと子供さんはあまり興味を示さず、お母さま本人が落語をしてみたいということになりました。9月の終わり頃です。
子供、大人のオンライングループレッスンは今年の春よりしてきましたが、1対1での定期的な稽古は初めてですし、その方も経験がなかったので、まずはオンラインでの面談から始めました。そしてご希望をお伺いすると、芸名は「手金亭ねこ蔵」、稽古する演目は「死神」となりました。
僕の教えている方は基本的に「ざぶとん亭」を付けていますが、お名前がテキンさんなので「手金亭」にしたいとのこと。それは自由でいいのですが、驚いたのが「死神」をやりたいとのご希望。前座修業からみっちりやってステップアップして真打ちで「死神」まで辿りついたプロの身としましては、とても不安です。「寿限無(じゅげむ)」あたりから、そう喉元まで出かかりましたが、「まあ、趣味の世界、堅っ苦しいプロの流儀は無粋かな」と思い、引き受けました。
今人気のある古典落語の演目
「死神」は明治期に落語の神様、三遊亭圓朝(えんちょう)師匠がグリム童話から翻案したと言われています。じっくりやると30分はある大作です。僕も移住前の最後の築地での独演会ではトリで「死神」を演じ、現在は英語版「死神」に取り組んでいます。そしてアニメの「昭和元禄落語心中」や米津玄師さんの曲で取り上げられて動画の再生が2000万回を超えるなど、今、古典落語の中でも一番人気と知名度のある噺です。
まず最初の稽古は昭和期に「死神」を練り上げた名人、三遊亭圓生(えんしょう)師匠の動画と僕が以前に使った台本を元に、ねこ蔵さんに合うように台本を書き換える作業から始めました。
言いにくいところは別の言葉に変え、人物造形をどうするか話し合いました。われわれプロがする1対1で座布団に座って一席聞いて覚えるという稽古とは丸っきり違います。いわば、オーダーメードの稽古です。
そして、台本の奥、または裏にある主人公の感情や台本のセリフとセリフの間のつながりを精読しながら、上下の付け方、アクセントや言い回しを直し、稽古を進めました。
ねこ蔵さんは熱心でした。毎回録画した動画のリンクを送るのですが、毎回僕の指摘した箇所はおさらいし、次の稽古までには直していました。そして、枕をオリジナルでこしらえたり、意味や内容がお客さんに伝わらなそうな部分は洋服のツギを入れるように直しました。僕のアドバイスを応用し、自分なりのセリフを体に落とし込んでいるようでした。
「『寝床』って落語知っていますか」。ある日僕はそう言いました。「稽古してると『死神』を人前で発表したくなりますよ」。
僕がそう言った通りにねこ蔵さんからメールが来ました。「師匠、今度の水曜日、発表会をします」。どこか料亭でも借りて開催しますか、と言いたいところでしたが今の状況、そしてねこ蔵さんはカリフォルニア在住、私とZoomで2人だけの寝床の会になりました。そして、ねこ蔵さんは生き生きと「死神」を30分演じました。
落語は世界とつなげてくれるもの
落語は人生のさまざまな場面を描いています。「死神」は死生観や金銭にまつわる古今東西変わらない人情を描いているようにも思えます。落語を聞いて楽しむだけでなく、演じて楽しむ方がアメリカにも増えていったらうれしいなと、活動しています。
最初は子供も大人も恥ずかしそうにしていたのが、稽古3回目くらいから楽しそうな笑顔を見せる瞬間がとても好きです。先日インタビューで「師匠にとって落語とは何ですか」と聞かれましたが、「世界とつなげてくれるもの」と答えました。人生の内面にも、そして多くの人ともつなげてくれる、落語無しでは生きられない人生です。
【次回予告】
次号は、柳家東三楼さんのエッセー26回をお届けします。
柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)
東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site
お知らせ
子供、学生、大人向け落語レッスン開講中!
東三楼さんは、現在子供たちや学生、大人へ落語のグループ稽古を提供しています。落語と共に、日本語や日本の文化を一緒に学びましょう!
落語レッスンに参加したい人は、tozaburo.rsv@gmail.com宛にメールでご連絡ください。