アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第22回〜 柳家小三治師匠

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


先日、現在噺(はなし)家では唯一の人間国宝(重要無形文化財)の柳家小三治師匠が、81歳で60年以上にわたる噺家人生を終え、旅立たれました。

僕が真打ちに昇進するときは落語協会の会長として記者会見や真打ち披露興行の口上にも並んでいただきました。同じ柳家の一門として、寄席や大きなホールでの落語会、旅先の地方での公演など、さまざまな思い出が沸き上がってきます。

小三治師匠は寄席の打ち上げでおいしいお店に連れていってくださった印象があります。上野は亀屋の鰻、新宿は長春館の焼肉、池袋は東急の上のかき揚げ丼、浅草だけ思い浮かばない。千秋楽はみんな荷物が多いからと9の付く日に出演者や前座、お囃子(はやし)さんを連れていってごちそうしてくれました。20歳そこそこの若い前座にも亀屋のコースでお酒も鰻重も出てくる。噺家になって良かったなと毎日の厳しい修業の中でしみじみ思いました。そして小三治師匠と鰻の思い出はもう一つあります。僕がレギュラーで前座をしていた朝日名人会というホール落語会でのことでした。

暑い夏の楽屋で 

その日のトリは小三治師匠で、うちの師匠権太楼も顔付されていました。会場は有楽町の駅前、銀座にある朝日ホールは600人は入る大きなホールで、この朝日名人会は朝日新聞とソニーが名演を録音し、CDを制作することを目的に開催される落語会でした。多くの名演を残し、今でも大人気の落語会です。

前座の高座を終え、師匠の着付けを終えて高座に送り出し、楽屋に居ました。前座の高座が終わったくらいに楽屋入りした小三治師匠はいつものように目深にハットをかぶり、黒の太めのスラックスに藍染めのシャツを着て、そっとやってきました。

暑い夏、冷房を嫌う小三治師匠対策で部屋の温度を上げて、空調も風があまり出ないようにホールの係の方へお願いしたように思います。お茶を出し、小三治師匠が高座で使う高価な湯呑みをひもとき、箱から出していました。その日の演目の「鰻の幇間(たいこ)」の大学ノートを広げ、「こんなこた、家でやってくりゃいいのに、ったく噺家てえな、これさえなけりゃ良い商売なのになあ」と取り巻きの記者さんにそう言いました。少し機嫌悪そうで、僕は湯呑みを持ってさっさと楽屋を去ろうとしていました。

高座は私の師匠、楽屋のモニターで熱演が見られます。すると小三治師匠が、「お前はどこの弟子だ」と僕に聞きました。寄席や他の落語会でも何度もお会いしているし、番組表にも名前は出ているのに、わざとらしいなと思いながら、「はい、今高座におります権太楼のところの、ごん白です」と答えると、「お前の師匠は何をどう考えて、こういう噺に行き着いたんだ」と聞かれました。入って数年の前座にそんな事聞くかねえ、前座の弟子が師匠の落語なんてわからないし、と思いながら、「すみません、わかりません」と答えると、「師匠の芸もわからねえのに弟子やってるのか」と言われ、下を向くと、「お前の師匠はどういう風に考えて、どういう風に生きてきて、ああいう芸になったかわからないのか」とそこからしばらく小言のような、言いがかりのようなものを頂きました。

 

小言の後に見せた名演

なんでえ、噺の稽古してこなかったから、腹いせに前座に小言言うなんて、理不尽だぜ、と思いながらおりました。そしてトリの小三治師匠の高座「鰻の幇間」。それはまあ、落語史に残る名演でした。

噺の後半で幇間が店に小言、説教、文句を言います。客席のウケ方といったら。そう、その部分を楽屋で僕を使って稽古されてたんですね、小三治師匠は。その録音は発売されていますし、出囃子や追い出しの太鼓は僕です。興味のある方は探してぜひお聞きください。もう20年近く前の話で、その小言の後で小三治師匠には旅の仕事に連れていっていただきました。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー第23回をお届けします。

 

 

 

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。また活動支援を募る下記のクラウドファンディングも募集中。
indiegogo.com/projects/bring-laughter-to-the-world-through-rakugo

 

 

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