サミュエル・&#
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
東京の落語界には階級制度があり、「前座」「二ツ目」「真打ち」と3段階あります。これは江戸落語だけで、上方落語界にはありません。そして僕の所属する落語協会と落語芸術協会、立川流、円楽党で昇進の基準やシステムは違います。さらに、入門した師匠や一門によっても修業は違ってきます。
見習い前座時代
僕は1999年5月3日に三代目柳家権太楼に入門しました。当時は師匠の師匠の五代目柳家小さんも存命でしたので、僕は柳家一門の前座として、権太楼の弟子として、そして落語協会員として前座修業をしました。
うちの師匠に入門して数カ月は毎朝9時に師匠宅に修業に行くのに自宅から地下鉄で通っていました。しかしながら前座見習いが終わり、寄席での修業も始まると日をまたいで修業が終わることも多くなり、板橋の師匠宅近くに3万5000円の風呂無しトイレ共同のアパートを借りることになりました。
それまでは母に学生のように起こしてもらっていたのが、初めての一人暮らしで自分で起きることになり、途端に遅刻ばかり。時間を守れないのは即クビにつながるので、僕は毎朝、当時付き合っていた彼女に電話で起こしてもらうことにし、なんとか乗り切ろうという作戦にしました。彼女のおかげで遅刻は減り(たまに10分くらい踏切のせいにして)、クビは免れていました。
前座の初めは本当に覚えることが多いのです。落語はもちろんですが、着物の畳み方、太鼓、楽屋内の規則、師匠方のお茶の好み、その他4つの寄席の中の細かいこと、それはそれは暗記が多く。師匠方の着物の着付けも一人一人、襦袢(じゅばん)や下じめ、帯など出す順序、タイミングが違うのです。お茶の濃さ、温度、場所なども違い、それらをノートに細かく書き、絶対に間違えてはなりません。噺(はなし)家のルールでは一番下の一番何も知らない者が全ての作業をするので、入りたての新人前座は頭も体も休む暇がありません。
不眠不休の修業と夜遊びで3度の入院
寄席が夜席に配属されると朝師匠宅に9時に行き、3時半まで家事や雑用、車の洗車と、毎日よくあるなというくらいにやることがあります。終わって寄席に移動し、4時半から9時まで楽屋で働き、終わってから初日、中日、千秋楽は居酒屋などで打ち上げがあり、ここでも店員さん以上に気を遣って働きます。寄席は休みがないので、年末の数日以外毎日です。師匠宅も日曜は休みとなっていましたが、日曜は師匠について行く仕事があるので休みにはなりません。
僕は3年半の前座修業期間に3回入院しました。これは原因がわかっていて、修業の忙しさの中、夜中は仲間と朝まで飲んで、ほぼ寝ないで毎日修業をしていたからです。当時は携帯電話もそれほど普及していなく、うちの師匠は毎日寄席に出番があるのでサボれない。師匠宅の修業もなく、師匠が寄席に出ない前座は適当に修業して、遊んでいるように見えて悔しい。その悔しさを晴らすように、毎晩先輩や後輩と上野や浅草、新宿、池袋と寄席のある街で夜な夜な遊んで、体を壊しました。
自由を手に入れた日
人生で一番うれしかった日はいつかと考えると、僕ら噺家は必ず「二ツ目になった日」と答えます。真打ちになるよりも、師匠宅へ行かなくて良い、寄席に行かなくても良くなる、自由を手に入れた二ツ目になった日です。ところがところが、そうなる途端に仕事がなくなり毎日毎日、暇な時間が続きます。師匠宅で頂いていたご飯もない。食えない。時間だけはある。そして、アルバイトをしようという了見はまるでない。
そんな二ツ目の生活は次号以降で書いていきたいと思います。真打ちまでの10年ちょっと、前座修業は終わっても芸はまだまだ修業期間。中途半端で実力世界の二ツ目時代。思い出すと、色々ありました。
【次回予告】
次号は、柳家東三楼さんのエッセー第20回をお届けします。
柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)
東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
また活動支援を募るクラウドファンディングも募集中。詳細はウェブページへ。
https://camp-fire.jp/projects/view/483182
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