サミュエル・&#
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
毎年、8月11日は明治期の落語中興の祖とされた三遊亭圓朝師匠の命日で私たち噺(はなし)家は「圓朝忌」として大事な日と考えています。圓朝師匠は落語の神様のようにいわれていますが、お墓は谷中の全生庵というお寺に(コレクションした多くの幽霊画とともに)ありますので、少し変な気持ちになる時期でもあります。
「落語界のドフトエフスキー」
圓朝師匠は61歳でその生涯を終えるまでに、今では古典落語の名作とされている数々の作品を創作しました。「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」、「牡丹灯籠」や「怪談乳房榎」といった怪談や「塩原多助一代記」は非常に長い噺ですし、異説はありますが三題噺「芝浜」「鰍沢(かじかざわ)」や最近話題の「死神」の翻案、などと幅広いレパートリーで江戸落語を文芸の世界にまで高めました。その世界では「死」や「金」を巡っての人間模様を深く、広く描いた点で「落語界のドストエフスキー」と僕は呼んでいます。活動時期もかぶっていて、寿命も約60年、19世紀後半のロシアと日本の文豪に共通点を感じてしまいます。
圓朝まつりで
「ゴミ隊」大活躍
その8月11日の「圓朝忌」は、落語協会と落語芸術協会が合同で全生庵において圓朝師匠に落語を奉納するという形で長年実施していました。それぞれの協会で毎年こしらえるそろいの浴衣で協会員は参列し、お堂で落語を奉納する、それを少しの落語ファンが見守るという厳かな集まりでした。
それが2001年に芸術協会が共催をやめ、違う形にしたのをきっかけに、落語協会主催の「圓朝忌」は発展的な形で「圓朝まつり」と名を変えて、ファン感謝デーのにぎやかなお祭りに変貌しました。そのリーダーシップを取ったのがうちの師匠の権太楼(ごんたろう)で、我が一門は警備やゴミ拾いを担当することになりました。
「圓朝まつり」は「俳優祭」のように演者が模擬店を出してお客さまに飲食や物販をしたり、お堂前の怪談や広間で落語会やイベントをするというもの。
ところがその中で一番の名物となったのがわが一門のごみ拾い部門が結成した「ゴミ隊」でした。お祭りの途中、爆音でYMCAをかけ、お寺の敷地内を練り歩くパフォーマンスは警備とごみのルールの啓蒙というよりは、メジャーリーグのグラウンド整備をまねた猛暑を癒やす休憩になりました。暑い夏の最中、人でごった返すお寺の敷地で、次はあの師匠にサインをもらいに行こう、あの店に行こう、長い行列でいつ私の番は回ってくるんだろうというお客さまの目を引きました。おかげでうちの一門のゴミ隊Tシャツは飛ぶように売れて、僕はその資金で一門から立派なはかまを買っていただきました。
ヤンキースタジアムで
懐かしのYMCA
8月半ばでした。もう何年も忘れていたYMCAをヤンキースタジアムで聞きました。修業時代、うちの師匠が松井選手のファンで中継を見ていたのでテレビから朝に流れていたYMCA。猛暑の中、爆音を浴びながらごみ拾いをしたYMCA。お目当ての大谷選手も聞いていたであろうヤンキースタジアムのYMCA。
僕は球場の外野に座って、トンボを持ち整備をする係の人たちを見て、一瞬心は谷中の全生庵に移り、そして裏のお墓の圓朝師匠から遠く明治の寄席の風景に入って行きました。
なんでまたこのニューヨークでそんなことを思い浮かべてしまうのだろうか。「ショーヘイ・オータニ」という場内アナウンスで現実に戻ると、球場は大きなブーイングに包まれていました。ヤングマン、大谷さんはヤングマン、日本のヤングマンがアメリカでスーパースターになっている、ああ、くだらない考えは捨てて試合を見よう、そう思っているうちに9回を迎え、試合はヤンキース勝利で幕を閉じました。
帰りの電車でかばんに手を入れて水筒を出そうとすると本が指に引っ掛かりました。ブックオフで2ドル50セントで買った『カラマーゾフの兄弟2』です。アメリカだのロシアだの明治だの、ますます頭の中がごちゃごちゃして、ゴミ隊を脳内に送り込んだ、そんな真夏の夜でした。
【次回予告】
次号は、柳家東三楼さんのエッセー第17回をお届けします。
柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)
東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site
お知らせ
全米落語協会、発足!
日本の落語を、世界の「RAKUGO」へ! 東三楼さんの取り組みがいよいよスタートします。
4月1日より、クラウドファンディングも開始。支援に興味がある人は、メール(us.rakugo@gmail.com)で東三楼さんにご連絡ください。