サミュエル・&#
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
あなた、大変なところに入ったのよ
音楽学校に入ってすぐに母が私に言ったことがある。
「あなた、大変なところに入ったのよ。XXXさんのお母さんに 『お宅、宝塚の受験にどのくらい使いはりました? うちんとこは付け届けのために山を一つ売りましてん』て言われたのよ! どうしよう、うちには付け届けをする余裕はないから……」。
私の家は両親が共働きで決して裕福ではなく、高校や大学の学費を払う代わりに宝塚へ行かせてもらったので、毎月両親が送ってくれる仕送りでレッスン代や雑費を捻出。毎日音楽学校の稽古が終わると、バレエ、日舞、声楽の個人レッスンに通った。出納帳も付けるようになったし、金銭感覚も身に付いた。自分の着るものに使えるお金はなかったので制服があって本当に助かった。しかし母は誠意だけは伝えたいと盆暮には、お世話になっている先生方の所へ菓子折りを持って足を運んでくれた。感謝、感謝!
歌劇団の寮は家族といえども部外者立ち入り禁止である。予科2学期目に上級生や同期生からのあつれきや、責任感とのストレスで高熱を出し、寮で一人寝ていた私を心配して、母は私を同期生が何人かいる学校近くの食事付きの下宿アパートに移した。寮費よりももちろん高額だが、母としては小さい時から季節の変わり目ごとに熱を出し、抗生物質がなかったら生きられなかった私を寮にこれ以上置けなかったようだ。
ただ、その大家さんがケチで有名な方で、夜遅く稽古で帰ると食事は冷え切っているし、お風呂のお湯はぬるくて膝のあたりまでしかないこともあった。でも、同じアパートには大阪の自宅などから通学せずに部屋を借りている同期生が何人かいて、その一人のお母さまが電気コンロを部屋に入れ、週に一度くらいは必ず高いステーキ肉を持って来て、部屋で焼いていた。私も何度かステーキのお相伴にあずかり、家が近くにある他の同期生の家でも栄養補給をさせていただいた。感謝、感謝!
宝塚音楽学校の予科生時代
現在の宝塚音楽学校の予科生が、上級生が乗っているかもしれない通過する阪急電車に立ち止まって礼をするなど、少し常識を外れている規律があるようだが、私たちの頃ももちろん本科生からの「呼び出し」と言われるご注意を受けることが何度もあった。
ある夏の放課後、学校の隣にある宝塚ファミリーランドのプールがなんとも魅惑的で、誰も見ていないだろうと思って大滝先生のバレエの稽古着で泳いだ。ところが、誰かにしっかりと目撃されていたようで、本科生からコッテリと油を絞られた。これは身から出たサビ、怒られてもっともである。
しかし、これとは別に、故意なイジメとしか取れない、非常識、屈辱的な注意をする数人の上級生がいた。涙が出るほど悔しかったがこんなことにめげては駄目だ、自分にはもっと大切な、やらなければならないことがあると考えレッスンに集中した。でも辛いことばかりではない。クラス全員の鼓笛隊の練習や、西宮球場をはじめとする演奏活動、クラス全員で行った紀伊半島や、九州への修学旅行など、楽しいこともたくさんあった。
本科生になると
2年目の本科生になると試験は実技だけになる。ちなみに実技は、演技、バレエ、日舞、タップ、声楽、ジャズ、ピアノ、琴か三味線。そして、音楽学校の企画で同期生だけで30分ほどのショーを作り、方々の施設への慰問公演も始まった。
その頃毎年宝塚音楽学校が挑戦する毎日音楽コンクールがあった。合唱の部では私たちのクラスが優勝。独唱の部では、私はモーツァルトの「フィガロの結婚」のスザンナのアリアを歌って4位入賞。
私は予科時代、学科はほとんど満点だったので、周りから「タネ(私の本名からのニックネーム)は学科ができるから今は一番やけど、本科になったら絶対落ちるわ」と言われていたが、結局本科になり学科がなくなっても2年間首席を通し、卒業式では総代で社長賞と優等賞を受賞した。
ところが、ところが……。世の中は甘くないのです、ハイ。(続く)
【次回予告】
次号は、柳家東三楼さんのエッセー第16回をお届けします。
Ako (あこ)
宝塚音楽学校在籍中に毎日音楽コンクール声楽部門4位入賞。
同校を主席卒業後、歌劇団月組(芸名=夏海陽子)で新人賞、歌唱賞など受賞。
退団後は、NHK歌唱コンクールに入賞。
藤間流紫派師範名執「藤間公紫」となる。
TV・舞台に出演後、ニューヨークに渡る。
2019年にはPrimary Stagesの「GOD SAID THIS」のまさこ役で、ルシル・ローテル主演女優賞にアジア人で初ノミネート。
18年に日米両語の非営利劇団「AMATERASU ZA」を立ち上げ、芸術監督を務める。
ako-actress.com
お知らせ
新作公演、準備中!
Akoさん率いる非営利劇団「AMATERASU ZA」は、2021年12月に新作舞台「忠臣蔵 四十七士」を上演予定です。現在、絶賛稽古中! 続報はウェブサイト(amaterasuza.org)を参照ください。また、同劇団はウェブサイトで寄付も受け付けています。