メトロノース鉄道に乗って行く 週末のプチお出かけ〜コールドスプリング編〜
メモリアルデーとともに本格的な行楽シーズンが到来。日帰りディストネーションとしてニューヨーカーに人気のパトナム郡コールドスプリングを訪ねてみた。
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
「かくばかり偽り多き世の中に、子のかわいさは真なりけり」。
その昔は子供が働きに出る、奉公するということがありました。まだ年端の行かない子供を外の家に働きに出す、そんな親心を描いた作品が「薮入り」です。今で言う就職とはまるっきり違い、「他人の家で飯を食う」大変な苦労が伴いました。奉公して3年は親元には帰れない。初めての薮入り、子供の帰省は親にとってはこの上なくうれしいものです。
見習い入門生活
初めての一人暮らし
われわれ噺(はなし)家の修業も似ています。今は師匠の家庭の事情もあり、内弟子、つまりは師匠の家に住み込みで入るのはほとんどなくなりました。僕もそうでしたが、師匠宅の近くにアパートを借り毎朝通う、通い弟子です。それも今は少なくなっています。
初めて師匠宅へ入門のお願いで両親を連れて行った時でした。
「まあ人を一人殺して、刑務所に入ったと思ってください。15年後、この子は親孝行になりますよ」。そう師匠・権太楼(ごんたろう)は言いました。玄関口で両親と別れて以来、僕は師匠の弟子になり、見習いということで入門しました。しばらくは自宅から通いましたが、正式に前座として寄席に出るようになると、師匠宅での修業に加え、寄席での修業もあり忙しく、初めての一人暮らしとなりました。
修業は一門によって違います。僕の柳家は師匠宅でのご飯は自分で作り、自分で片付けをします。朝は台所で立って、昼は女将さんとテーブルで毎日食べます。師匠と女将さんからは「他人の飯を食う」って苦労をしないと、一人前の噺家になれないよ、と言われました。重い言葉です。
それまでの20数年、家では母が出してくれた物を食べ、茶碗や皿を下げることすらしていませんでした。寄席で夜席を終えてクタクタで帰っても部屋に食べ物はありません。そして、寝坊は絶対に許されませんが、朝に母が学校に行くようにと起こしてはくれません。落語界の修業は理不尽に耐えることと言いますが、それに加えて、師匠という絶対的な存在の元で文字通り「ご飯を食べる」厳しさが、心の底から身に染みました。
息子を誇る母に
思いをはせて
入門から3年経って、半年後に二ツ目に昇進することが決まり、実家に帰りました。
母は僕の好きなカレーを作ってくれ、お祝いに刺身を出しました。カレーライスと刺身は何とも味が合いませんでしたが、母のうれしい気持ちが伝わりました。食事を終え、僕が自然と席を立ち、皿をシンクに下げた時でした。「そのままでいいのに」。母はこう言いました。普段の師匠宅での習慣で僕は自然にそうしていました。何だか修業が出来てきたという気持ち、自信と共に、ああ、僕は実家も他人の家と思うくらいに帰ってなかったんだと寂しく感傷的になりました。
真打ちになって8年、アメリカで生活するようになって3年弱。SNSでの更新がないと母からLINEで「元気ですか」と来ます。今年45歳にもなる息子に母は度々生存確認をしてきます。落語家になる、入門すると言った僕に2週間も口を聞かずに反対した母が今では、「あなたは私の誇りです」と恥ずかしげもなくLINEしてきます。師匠があの時言った「この子は親孝行になりますよ」という言葉を思い出します。結婚せず、孫の顔も見せない僕が誇りだと言う母に、金銭的にも精神的にも何か出来ている気が全くしません。もしかしたら僕は終身懲役かな、とも思います。
今年はパンデミックのせいで薮入りできませんでした。そのせいか、母からのLINEも頻繁にきます。子供はいませんが、そういう母の気持ちを考えながら、そろそろ薮入りを手がけてみようかと思っています。
その反面、死んだ父を思う時は、酒と女とばくちばかりが浮かぶのは、噺家としてはありがたく、子としては反面教師だなあと思うに至ります。
【次回予告】
次号は、柳家東三楼さんのエッセー第15回をお届けします。
柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)
東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site
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