アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第12回〜 青菜

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


「植木屋さん、ご精が出ますな」。

このフレーズで始まる「青菜」という噺(はなし)は落語の世界では夏の代名詞です。ゆだるように暑い夏のある日。お屋敷の庭で植木を手入れする植木屋に屋敷の旦那が珍しいお酒とさかなでおもてなし。縁側での二人の会話に奥さまが呼ばれて「菜のおひたし」はないかと。奥さまは「旦那さま、鞍馬から牛若丸が出まして、その名を九郎判官(くろうほうがん)」と返す。そのわけは、ぜひ一度「青菜」を聞いてみてください。

一度大阪で落語を研究されている方から東京の噺家にアンケートが届いたことがありました。「落語『青菜』の青菜は何の菜だと思いますか」という質問でした。そう言われてみると、青菜がほうれん草なのか、または小松菜なのか、大根の葉っぱなのか、何なのか考えたことがありませんでした。楽屋での師匠方の反応は大体、「そんなの何だっていいんだよ」という感じでした。僕もそう思っています。

しかしながら、その菜葉に香りがあるのかとか歯応えとか、聞かれてみると気になります。この質問に正解はありません。演者が何か菜葉を思い浮かべていればそれが正解ですし、噺の中の旦那だって植木屋だって青い菜だったら何だっていいと考えているかもしれません。ここらへんの感覚が落語らしいですね。

 

「青菜」の難しさは
暑さの表現

「青菜」を演じるときに難しいのは、夏の暑さの表現です。「植木屋さん、ご精が出ますな」の最初の一言で暑さを一瞬で表現をしなければならないと師匠から何度も言われています。

落語は演じ手の最初の一言でその人の実力が分かります。声で人物同士の距離感、親密さ、状況を表現しますが、最初の一言でどのくらい実力があるかが分かります。そしてこの「青菜」に関して言うと旦那の気遣いや奥さまの上品さとその反対の長屋でのガサツさ、そして氷を食べた時の冷たさで暑さも表現する難しさです。

落語家は最初におうむ返しという種類の噺を前座のうちに学びます。「道灌(どうかん)」や「子ほめ」という15分の演目ですが、落語の基礎となる教わったことを真似して失敗するという構造で、この「青菜」はそのおうむ返しの構造にせりふの装飾が施され、30分の大作になり、真打ちがトリで演じる噺になっています。夏を代表する噺は幾つもありますが、暑さの表現、おうむ返しと言う基本的な構造で飽きずに30分聞かせなければならないのです。

頭をよぎるのは
福島の炎天下

2011年の夏でした。大震災の年、8月の暑い中、東北で家から家財や土砂を出すボランティアをしていました。その地域は震災の復興もままならない時に土砂災害もあり、僕は友人数人と行っていました。

スコップでせっせと泥をかき出しながら僕は「泥かき屋さん、ご精が出ますな」と友人に言いました。その友人たちは僕の落語会も開催していたので「青菜」を知っています。「泥かき屋さん、ご精が出ますな」。そう言うと友人の一人は、「ねえ、この暑さで『青菜』やったら超リアルな『青菜』になるんじゃん」と、そう返されました。

僕はすかさず「青菜」を続けてみました。「こらどうも、旦那」。スコップで泥をかきながら、またはお宅から冷蔵庫を運びながら「青菜」を喋ってみました。汗だくの上、息は切れ切れ。今でも「青菜」をやる時に設定の邸宅や縁側、長屋よりも福島の会津のあの炎天下が頭をよぎります。ピカーっと脳天に直射日光が当たっているイメージで「植木屋さん、ご精が出ますな」と言ってみる。芸はしたことないことを想像して演じるものとは分かりながら、炎天下を想像してしまう。そして今は先日フラッシングで食べた青菜の炒め物も想像している。

今年も青菜の季節がやって来ました。果たして僕の「青菜」は成長しているのか。期間限定のネタは毎年出来に振れ幅があるので、今年の出来が楽しみでもあり、怖くもあります。

【次回予告】

次号は、Akoさんのエッセー第4回をお届けします。

 

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

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