サミュエル・&#
異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。
めでたく「柳家ごん白(ぱく)」として1999年7月21日に新宿末廣亭で楽屋デビューをしてから3年後の2002年11月1日に二ツ目に昇進し、「柳家小権太」と改名しました。「小」の字を師匠の名前に付けることはよくあり、大師匠小さんの一文字もいただけるので、とても良い名前でした。この名前は真打ちに昇進する14年3月21日まで使いましたので、現時点では僕の名乗った名前では一番長い勘定になります。
柳家東三楼(とうざぶろう)は僕で三代目になります。先代は昭和の名人、古今亭志ん生師匠が一時期名乗っていました。志ん生師匠の「びんぼう自慢」を読んでわかったのですが、名乗っていた時期が37歳の頃で、僕が襲名した年齢とちょうど同じでうれしく思いました。そして志ん生師匠が東三楼を名乗っていた頃はその多い改名歴の中でも一番の貧乏をしていた時期で、そのあたりもアメリカに移住し僕自身が苦労をする中で、「東三楼」という名前の宿命かなとも感じています。
弟子たちに与えた
「ざぶとん亭」
「楼」という字は噺(はなし)家の中では珍しくなく使いますが、世間では中華料理屋以外ではあまり名前で使いません。そのせいか「東三桜」と桜という字で間違われることが多々あります。一度届いた郵便には「柳亭東山桜」と書いてあり、りゅうていとうさんおう、と読むと誰なのだか全くわかりません。そのように、難しい漢字を使う名前でもありますので、普段は皆さんに「ざぶ」とか「ざぶちゃん」と呼んでいただくようにしています。これはアメリカで出会った人と日本での親しい友人だけですので、一度芸人の後輩から「アニさん、ざぶさん、って呼ばれてるんですか」と、この先輩は噺家やめるのかというように顔をのぞき込まれたことがあります。
そのようなあだ名でもあり、僕の元で落語を学んでいるかわいいお弟子さんには「ざぶとん亭」という亭号に好きな名前を付けてもらって芸名にしています。今かわいいお弟子さんは20人ほどアメリカとフランスにいまして、みんな個性的な名前やかわいい名前、かっこいい名前を自分で考えて名乗っています。中には「ざぶとん亭ティラノサウルス」や「ざぶとん亭鬼」といった襲ってきそうな名前の子もいます。アニメの影響もあり、鬼がつく子は2人います。「ざぶとん亭ジェダイ」君もいますので、なんだか「ざぶとん亭一門」で映画が作れそうです。
どんな名前を付けるか
想像する楽しみ
お稽古はみんなで大きな声で寿限無(じゅげむ)を言ってから始まります。日常の世界から人前で噺をする気持ちと声を作ってもらうためです。最初から覚えている子もいますが、お稽古で初めて寿限無に出会った子も3回目の稽古では暗唱して、とても早口で言えるよ、とアピールしています。これは僕が入門した時もそうで、寿限無や、たらちねと言った長い名前の出てくる演題から入り、徐々に落語に慣れていきます。
最近では子供のみならず、アメリカ在住の大人からも稽古の申し込みが来ています。まだどのように稽古して良いかに悩んでいますが(日本語ではなく稽古も落語も英語なので)、もし名前を付けるとなったらどんな名前に決めるんだろうと今から楽しみにしています。アメリカ版の寿限無のような長い名前や(ピカソの本名がすごく長かったりしますし)、とても発音しにくい名前だったらどうしようかと勝手に想像して楽しんでおります。
名は体を表す、ということも言いますが、芸名は遊んでいるくらいが人に覚えてもらえるし、演じている当人も楽しいかもしれません。プロの噺家にも、えっ、と思うようなユニークな名前やしゃれた名前はたくさんありますね。僕は東三楼で覚えていただきたいですが、気軽に「ざぶちゃん」で結構ですので、今日は僕の名前と顔を覚えていってください。
【次回予告】
次号は、Akoさんのエッセー第2回をお届けします。
柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)
東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site
お知らせ
全米落語協会、発足!
日本の落語を、世界の「RAKUGO」へ! 東三楼さんの取り組みがいよいよスタートします。
4月1日より、クラウドファンディングも開始。支援に興味がある人は、メール(us.rakugo@gmail.com)で東三楼さんにご連絡ください。