アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第5回〜 寿限無(じゅげむ)

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


僕たち噺(はなし)家は出世魚のように昇進するたびに名前を変えます。僕は過去に芸名を2回変えていて、前座の時は「柳家ごん白(ぱく)」という名前でした。

時は1999年の6月、入門して一カ月が経った頃の晴れた日でした。僕は三代目柳家権太楼(ごんたろう)に入門し、日々師匠宅で落語の稽古のみならず、日常の用事や着物の畳み方や太鼓の稽古にいそしんでおりました。

その日も朝の掃除を終え、師匠にコーヒーを出し、さて次は何をしようかと思っていると師匠が「うちの師匠のところへ行って、お前の名前を付けてもらうぞ」となりました。

大師匠、つまりは師匠の師匠は落語界で初めて人間国宝になった五代目柳家小さんです。目白に剣道場付きの大邸宅を構えています。まさか、僕が小さん師匠に会えるなんて。心臓が高鳴り、あたふたしていると、師匠が着替えをしに2階へ上がったので大急ぎで僕も着物から洋服に着替えました。

師匠宅での修業では見習い期間に着物を着るように言われていたのですが、なぜか師匠に聞くこともなく洋服に着替えたのは今でもなぜだろうと思うのですが、外に出るのに着物というのが恥ずかしかったのかなとも思い出されます。

師匠の車は限定のオープンカーのフェアレディZでした。4人家族なのに2シーターで、当時僕は免許がなかったので助手席に座り、師匠の運転で板橋から目白に向かいました。

 

 

柳家小さん師匠との初対面

「お前、下の名前、アキヨシてんだろ。だから師匠に、小よし、もらってやる」。師匠はそう運転しながら言いました。小よし。この名前は談志師匠も前座のうちに名乗っていた、柳家で大変に由緒ある名前です。なんという展開でしょう。

目白の小さん宅の大きな木の門をくぐり庭を通り、広い玄関で師匠が大きな声で挨拶をすると2階から小さん師匠が降りてきました。お宅には他に人はいないようでした。

「師匠、おはようございます。こいつ、今度うちに入ったんで、なめえ付けていただきたいんです」。「おう」と、小さん師匠はまっすぐにうちの師匠を見ていました。「で、こいつ、本名がアキヨシってんです。アキ、ヨシ」。

小さん一門では本名の一部から芸名を取ることが多く、小よしとなれば「ヨシ」だろうと、師匠は「ヨシ」を強く強調して言いました。「おう」。小さん師匠が僕をじっと見ます。「ついちゃあ、こいつに小よしをいただきてえんですが」。師匠が大師匠をじっと見て、僕のために話をしてくれている感動。

「なんだ」。小さん師匠がぼそっと呟きました。「こいつ、アキヨシなんで、小よしにしたいと思いまして」。師匠がヨシと小よしを強調します。「俺、嫌えなんだ」。きっぱりと小さん師匠。

皆さまご存じのように落語協会分裂以降、小さん師匠と談志師匠は絶縁状態です。「では、なんにしましょう」。素晴らしい師弟関係。あっさりうちの師匠は切り替えました。しかし、うちの師匠は第2案を持っていませんでした。

「柳家ごん白」を命名

玄関先に立ち、無言の小さん師匠。僕も師匠ももちろん黙っております。目白の静かな邸宅に無言の時間。心臓のドキドキが響きそう。おもむろにうちの師匠が、「こいつ苗字は稲葉ってんです。さん喬あにさんとおんなし」。そうか、苗字か、では、さん喬師匠が名乗られていた「小稲」か。僕はじっと小さん師匠を見ていました。

「じゃあ、白、てえのがついた方がいいな」。小さん師匠は再びぼそっと言いました。白、因幡(いなば)の白ウサギ。やっぱり本名から関連づいた。「じゃあ師匠、ごん、かなんかに白ですか」。そう師匠が聞くと、「ゴンパクてえのはどうだ」。ごんぱく。「わかりました。パクは伯じゃなくて白ですね」「おう」「ありがとうございました」。

僕と師匠はそれから小さん宅を出て、めでたく僕の名前は「柳家ごん白」になりました。

というわけで、その後の名前の顛末は次号以降にお届け致します。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー第6回をお届けします。

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

お知らせ
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日本の落語を、世界の「RAKUGO」へ! 東三楼さんの取り組みがいよいよスタートします。

4月1日より、クラウドファンディングも開始。支援に興味がある人は、メール(us.rakugo@gmail.com)で東三楼さんにご連絡ください。

 

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