アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第3回〜 長屋の花見

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


日本人が花見という時は必ず「桜」を見るという暗黙のルールがありますね。ネモフィラでもチューリップでも紫陽花(アジサイ)でも良さそうですが、桜、しかもソメイヨシノにだけは特別の思いがあり、桜を除いて「花見」とは言いません。そして「花見」という言葉には「見る」以上に「屋外で」「木の下で」「酒を飲む」という意味も存分に含まれているように感じます。

友人はたいがい「花見に行こうよ」とは言わず「花見しようよ」と言います。そう、日本人は「ググる」など名詞を動詞化するように、「花見する」という動詞を生み、みんなでワイワイと酒席を催して仲を深めるアクティビティーにしています。桜の季節が日本では新年度の幕開けにあたり、新しい人間関係を作ろうというのにぴったりだからかもしれません。

今では会社の先輩や上司が新入社員に場所取りをさせるのはパワハラに当たるかもしれませんし、そういう会社内の親睦会はうっとうしいと思う人も多いでしょう。僕もお酒を飲むのも桜を見るのも好きですが、なぜか「花見」は好きになれません。

理由をよく考えてみると、まずは「花冷え」があるように思います。少し暖かくなって、外に出よう、花見しようという頃にちょうど寒さがぶり返して、寒さに震えながら桜を見て、冷たいビールを飲んだ経験がある人は僕以外にもいらっしゃるでしょう。それと、花見で有名なスポットは人出が多く、宴会がそこかしこで行われていて、せっかくの美しい花が、酔った人々の声やどうかするとカラオケの設備まで持ち込んでいて、奇麗な雰囲気が台無しになっているからでしょう。

 

 

鮮度が命の演目
「長屋の花見」

僕が生まれ育った東京の東の下町、桜を見る時には上野公園は一番有名で人出がありました。落語の「長屋の花見」の舞台にもなっており、ずいぶん昔から名所だったようです。

上野近辺の貧乏長屋の住人に大家さんが声をかけて花見に行く、そんな春の一瞬を切り取ったこの噺(はなし)は、地味ではあるものの実に落語らしい発想で成り立っていて、3月を迎えると噺家は寄席でこぞって高座にかけ出し、桜の季節が終わる少し前になると「もう花見って感じじゃないなあ」と早々に演目のリストから外そうとします。呼ばれて行く営業の落語会やホール落語会では4月中はやるものの、5月になるとパタッとかからなくなる、鮮度が命の噺です。

父との思い出、桜

子供のころに、世間で花見の声が聞こえてきてうれしかったのは、普段は夜に遊び歩いて帰宅の遅い父が早く帰ってきて、浅草の隅田川沿いに夜桜を見に連れて行ってくれたことです。父は浅草が好きだったようで、夜桜や浅草寺のほおずき市の時は必ず夜に家族で行く、と決めていたようです。祖父の生まれが対岸の向島で、浅草で仕事をしていたので、父も同じように祖父との楽しい記憶があったのかもしれません。僕の浅草での真打ち披露でも浅草演芸ホールの客席で泣いていました。

名前や店名が筆で書かれたちょうちんの薄い灯が照らす桜の美しさは、大人の世界をのぞいているようでした。僕はワクワクしながら顔を上げて桜を見ては、周りのカップルが寄り添ったり、何かをささやいたりしているのを恥ずかしい気持ちを抑えながら楽しみました。

浅草の墨堤は今後「子別れ」の回でも書きますが、下町生まれ、下町育ち、そして噺家になった僕にはたくさんの思い出があります。

こうしてニューヨークに移住して桜をセントラルパークやアメリカ各地で見るようになって、僕の「花見」の記憶は塗り替えられていきます。そして、家族以外の女性と夜桜に行くようになってしまった父の思い出も、土地と時代が変わって、そして夜桜の美しさのおかげで、なんだか脳が良かった思い出に変えつつあるようにも思える春です。

【次回予告】

次号は、Akoさんのエッセー第1回をお届けします。

 

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

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