アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第2回〜 疝気の虫

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


皆さん、こんにちは、柳家東三楼(とうざぶろう)です。今回は「疝気(せんき)の虫」を取り上げたいと思います。

「悋気(りんき)は女の慎むところ 疝気は男の苦しむところ なんてえことを申しまして」

われわれ噺(はなし)家は疝気の虫の枕でそう言います。悋気は嫉妬ですが、疝気は胆石や尿道炎、睾丸炎などの病気で、それを虫に例えたわけです。

医者がある日、見かけない虫を見て殺そうとすると、その虫が命乞いをします。虫なのに喋れるのかと話を聞くと、そばが好物で唐辛子が大嫌いだと言う。それは医者の夢であったが、疝気で苦しむ患者にそばや唐辛子を使って治療を試みると、てえのが噺の筋なわけですが、おしまいは実際聴いていただくとオチで「ああ、落語だなあ」と体験できる最も落語らしい演目です。

 

虫もウイルスも
生きる共存体

人はよく腹の虫とか虫の居所が悪いといった表現をします。優れないことを虫のせいだと抽象化したわけです。体の病気、心の病気、一緒くたにして虫にしてしまう大らかさ、ユニークさを感じますし、落語では実際に喋る生き物として登場させて、虫との攻防を笑いの中で表現する。それは病気も生きている共存体としてのまなざしを感じ、一寸の虫にも五分の魂を与えた日本人の豊かさを感じます。

現代の医学では病気を敵と捉えて、合理的に撲滅させようとします。そしてそのおかげで私たちは健康で長い寿命を得ることができました。素晴らしいことです。

一方、病は気からと言う考えも洋の東西、昔からあります。Fancy may kill or cure. 生きるも死ぬも考え方次第。同じ体の状態でも、人の心の働き、考え方で病気にも健康にもなるということでしょう。

現在世界にまん延しているウイルスが生物であるか無生物であるかは生物学者の福岡伸一先生のベストセラーに詳しいですが、人と人を介して動き回る奴らとして考えると、噺家である私は疝気の虫を思い浮かべてしまいます。ウイルスだって生きてるんだと。立川談志師匠ががんを患った時も、「がんもばかじゃねえんだから、主人が死ねば、自分も死ぬくらいのこと考えるだろう」と仰ってました。実に噺家ですね。

笑いで心の栄養を

笑うと免疫がつくと言うのは世界中の研究で証明されていて、検索するとたくさん出てきます。笑うと単純に朗らかになりますし、この噺もそうですが物語や文脈の構造に仕掛けがあり、ハッとすることで目や心が開かれたような体験をします。これこそ気から来る病も防ぎ、免疫力も上げてウイルスや病気に抵抗力を持つことができる安上がりで楽しい健康法であるように思えます。

今世界中を苦しませているウイルスを肯定することはできませんが、奴らも必死に生きているのは理解しないといけないようにも感じます。落語の疝気の虫は実にかわいらしい奴らです。なんとか人間と共存しようとしています。さまざまな報道ではこの悲劇はいま少し続くと言っていますし、インフルエンザは変体を続け、生き延びようとします。その事実の中で科学や専門家に祈るようにお願いするしかありませんが、日常では病気の存在も受け入れて、喜劇的に見ることで精神から病状が重くなってしまわないように予防、治癒することも必要に感じます。

皆さん、ぜひ疝気の虫を一度聴いてみてください。私のオススメは先代の柳家東三楼であります昭和の名人・古今亭志ん生師匠、そして私の師匠、柳家権太楼(ごんたろう)です。うちの師匠の疝気の虫は現在、一番面白いです。鳴り物も入り、虫の表現もこれぞ師匠! という最高傑作です。ぜひ落語で心の栄養を取ってください。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー第3回をお届けします。

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に三代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、三代目・東三楼を襲名した。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。
演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。
出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。
落語の無料オンラインレッスンあり、詳細はウェブサイトへ。
zabu.site

 

 

お知らせ
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