外出自粛で、アートシーンはどう変わるか

「美術館に行く」
「舞台演劇を客席から鑑賞する」
「ワークショップで作品を作る」

アートに触れるという行為は、「作品と鑑賞者が同じ空間で触れる」ことが大前提と考えられてきた。外出自粛というこの状況になるまでは…。

では、人々が引きこもってしまった今、アート界は終わりを迎えるのか? ニューヨークに拠点を置くジャパン・ソサエティーのギャラリーディレクター、神谷幸江さんは否定する。

「今回の外出禁止は、むしろアート界の『変化』の刺激ともなります」

 

オンラインというプラットフォーム

日本文化の普及・発展を含め、多岐にわたって日米交流の活動を展開する、民間非営利団体のジャパン・ソサエティー。1907年の設立以来、ニューヨークでさまざまな文化・芸術関連のプログラムを主催している。展覧会、舞台公演、講演会、ワークショップなど。神谷さんは、アートが「人生に不可欠(essential)」だと信じている。

だが今回の外出禁止を受け、今から約1カ月前に全職員の在宅勤務が決まってからは、別のベクトルでの慌ただしさを経験している。

「『みんなで集まる』という大前提の環境が危険と判断された今、5月末まで予定されていたプログラムは全て延期またはキャンセルに。集まらないでどんな体験ができるかということを考え、オンライン・プラットホームをさらに強化しています」

講演会やワークショップはオンラインで実施し、欧州・アジア諸国にいるアーティストや関係者とも、ビデオ会議で顔を合わせるようになった。「意外と、これまでと同様に関係構築ができるんだということに気付きました。間違いなく、出張の機会は減るでしょうね」と神谷さんは笑う。

 

©️ Japan Society (NY), The Korea Society

 

そして、ギャラリーで作品鑑賞が難しくなった作品展示は、オンラインで紹介を始めた。その一つが、企画展「BOROテキスタイル: 継続性の美学」だ。

 

©️ Japan Society (NY)

 

「実際の展覧会を体験することは現在叶わないですが、閉館前にギャラリー内を撮影した映像に、作品の音声解説を付けて公開しました。映像付き音声ガイドですね」

オンライン化の作業を急ピッチで進めることは大変だというが、同時にオンライン鑑賞では、作品を一人でじっくり鑑賞でき、心ゆくまで解説を聴き込むことができる、という利点も見えてきた。「作品をよりパーソナルに知ることができるんです」と神谷さん。

ちなみにこの企画展「BOROテキスタイル」には、意外な反響があった。ボロとは、布切れを継ぎ当てて雪国の寒さを凌ぐ、江戸から昭和初期にかけての手工芸。モノがないゆえのサバイバルスキルでもある。マスクが手に入らずに「手作り」を始めざるを得なかったアメリカの人たちが、これまで軽視されがちだったこの布文化の「斬新さ」「味わい深さ」を追体験することになった。まさに温故知新。

この企画展以外にも、過去の演劇やダンス公演、アフタートークのビデオを再編集する、「情報の再キュレーション」にも意欲的に取り組んでいる。

 

©️ Japan Society (編集注=上記ビデオは、528までの限定公開です)

 

「家にいることが大前提になっていますから、あえて『家の中でどれだけクリエーティブになれるか』ということを考え、どのプログラムを再構成するか決めています」と神谷さん。家にあるもので作品を作るワークショップは重宝するし、逆に今、自然に思いを馳せることも重要だろう。

ただし、来場者はシニア世代も幅広く含む。「オンラインに不慣れな人も多いので、いかに多くの人に届けられるかが課題です」

 

表現の「再活性化」

今回のコロナウイルス感染拡大と、それに伴う騒動は、これまでのアートシーンの転換期とは一線を画す。地域的なものではななく、全世界で同時発生しているという点だ。全世界が同じ課題と危機を共有している。

「われわれのようなニューヨークの民間非営利団体含め、アート界が足並みをそろえて行くことが必要です」

アーティストの受けた経済的な打撃は相当なものだろう。日本や欧州からの来米公演をキャンセルした人、展示・販売のプラットフォームが閉鎖された人もいる。

しかし、神谷さんは「アーティストたちは常に大変だからこそ、打たれ強い。耐えられる知恵と力があるはずです」と語る。

「モノがないからこそのクリエーティビティー。世界が不況になったとき、『荒廃した街をキャンバスに見立てよう』とグラフィティーアートが始まったように、リミット(制限)がクリエーティビティーを生み出すんです。今は表現の『再活性化』と同時に、テストの期間になると思います」

このタイミングで、新たなアートのムーブメントが始まるかもしれない。だからこそ、ジャパン・ソサエティーはアーティストと鑑賞者のための最適なプラットフォームを模索し、提供の場を守り続ける。

いろんな垣根を超える。可能性を信じる。今も昔も、その試みは変わっていない。


 

ジャパン・ソサエティー ギャラリーディレクター 神谷幸江さん

神奈川県出身。早稲田大学で美術史学の学士を取得後、アムステルダムのデ・アペル現代美術センター・キュレトリアルプログラム修了。ニューヨークのニューミュージアム・アソシエイト・キュレーターを経て、2007年〜15年、広島市現代美術館のチーフキュレーターを務める。15年11月にジャパン・ソサエティーのギャラリーディクレターに就任。11年に西洋美術振興財団学術賞を受賞。18年の上海ビエンナーレ共同キュレーター。書籍、雑誌、新聞に多数寄稿。共著に「Creamier-Contemporary Art in Culture」(Phaidon、10年)がある。

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