今年9月にアラ&
準備期間はわずか76日間
入念に仕掛ける民主党
トランプ米大統領への弾劾(だんがい)調査を進めてきた連邦下院の野党・民主党は、12月10日朝、トランプ氏に対して二つの弾劾条項を含む決議案を、下院本会議に提出すると発表した。
弾劾条項というのは、大統領を有罪とする訴因のことで、トランプ氏は①度重なる大統領権限の乱用②議会の妨害の2件を調査の結果、特定された。
アメリカ合衆国のトップ、大統領の罪を特定するというのは重大事だが、これは「合衆国憲法と国民を守るため」と、民主党は説明した。これに先立つ下院司法委員会でも、ナドラー委員長が、「トランプ氏は、自分の利益を国と国民よりも優先した」と繰り返し指摘していた。
史上4回目の弾劾
米メディアによると、下院本会議はクリスマス前の12月20日(金)にも開かれ、この決議案でトランプ氏の弾劾を可決する見通し。
米大統領への弾劾条項が下院本会議に提出されるのは史上4回目となるが、大統領が弾劾手続きで解任されたことはない。クリントン元大統領を含む2人は下院に弾劾されたが、上院で免責となった。
ニクソン元大統領は下院本会議の採決以前に辞任している。
ウクライナとのつながり
弾劾条項について説明しておこう。弾劾調査のきっかけとなったのは、「ウクライナ疑惑」だ。今年7月25日、トランプ氏とウクライナのゼレンスキー大統領が電話会談を行った際、トランプ氏がバイデン前副大統領と彼の息子について「調査」を依頼した。
バイデン氏は、2020年大統領選挙で最有力候補である。しかも、電話会談に先立ち、トランプ氏は、ウクライナが喉から手が出るほど求めていた軍事支援を止めていた。
これが、「権限の乱用」に当たるとされたわけだ。下院のシフ情報委員長やナドラー司法委員長は、トランプ氏が来年の大統領選に向け、個人的利益のため外国の介入を招き、国の安全保障や国益を損なったとしている。
さらにホワイトハウスからの資料提出や閣僚の証言を阻止するなど、下院の調査を一貫して妨害したことは、トランプ氏が自分を法の上に置き、議会の運営を妨害したという解釈だ。
弾劾条項の内容について、共和党の上院議員の重鎮であるリンゼー・グレアム氏は、「全てが偽りだ。権限の乱用をしているのは、大統領ではなく、民主党だ」と反論した。
外交官らが手腕発揮
弾劾の手続きは、下院の弾劾可決の後、上院が来年1月にも弾劾裁判を開始する。上院議員100人が陪審員となり、連邦最高裁のロバーツ首席判事を裁判長に迎えて、トランプ氏を証人として呼ぶ見通し。
しかし、上院は与党・共和党が多数を占め、トランプ氏を有罪とする3分の2の賛成多数を得るには、共和党議員20人の造反が必要とされるため、有罪罷免は難しいとみられる。
9月24日にペロシ下院議長が弾劾調査の開始を発表し、弾劾条項の発表まで、わずか76日という短い期間だった。筆者は、下院民主党の情報委員会と司法委員会の公開ヒアリングを中継で見たが、議事運営、そして証人や法律専門家などの証言の中身の濃さには驚かされた。
トランプ氏がウクライナに圧力をかけていることを証言した「叩き上げ」の外交官らの優秀さは、こうした公開ヒアリングがなければ、目にすることはなかっただろう。メモも見ずに、個別の電話やミーティングの内容、出席者の肩書きや名前、外交プロトコルの解釈などを正確に証言するのは、感心させられた。外交官が、安全保障や国益をいかに大切にしているかも、彼らの勇気ある証言によって、痛感した。
同時に、議長となる委員長や下院議員らのリハーサルも周到なものだったことも、ニューヨークタイムズなどの記事で知った。委員長らは議事進行を素早くするためのタイミングを、議員らは証人から効果的な証言を得るための質問を準備し、中継でもびっしりと埋まったメモを彼らの手元に見ることができた。
こうした事実からも、大統領弾劾の重要さをつぶさに知ることができる。そして、その背景は「国民の利益」ということになる。
津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。
近書に「現代アメリカ政治とメ ディア」(東洋経済新報社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。