「初花」社長 佐藤圭太

「知らない」ことは強み
伝統を受け継ぐ2代目

親の目を盗んで、こっそりイクラをおやつに頬張っていた幼少期。すしと共に育ち、すしを愛しながらも、父の店を継ぐ予定は全くなかった。そんな「初花」2代目社長、佐藤圭太さんのエグゼクティブとしての挑戦は、シカゴから始まった。

父・活栄(かつひで)さんは、高校卒業後に板前になり、単身ニューヨークに渡ってきた苦労人。飲食業の大変さが分かっていたからか、父から店を継ぐように言われたことは一度もなかったそうだ。「動物が好きだったので、獣医になろうかと思っていました」と佐藤さん。

しかし大学を卒業後、進路に迷い、店を手伝うことに。マネジメントの勉強をしてきたことを生かし、アシスタントマネジャーに就任。そして1年経ったある日、突然シカゴ店(当時)の社長就任を言い渡された。創業44年のすし店の看板を背負うことになった佐藤さんは当時25歳。

「板前は全員、50代前後のベテランたち。社長になった僕が、『知らない、分からない』なんて、とてもじゃないが言えませんでした」

見知らぬ地で週6日、朝から晩まで働き詰めた。社員から聞かれたことは全部勉強して答えられるようにした。それでも仕事上がりは毎夜、食事に出掛けていたというから驚きだ。「疲れを感じたことなんてなかった。若さってすごいですよね」と当時を振り返り、笑う。

この叩き上げの経験から、「最初は何もできなくて当然」という考えを持つようになった。まだできない、と考えるのではなく、やらないとできるようにならない。

父の跡を継ぎ、2006年にニューヨーク本店の2代目社長に就任。「やらないとできない」のスピリットは経営にも表れていて、「飯炊き3年」と言われる業界ながら、板前の希望者は国籍・未経験ともに不問にしている。「やる気があれば十分。むしろ、未経験なら、初花の色にうまく染まってくれると思うので歓迎ですね」。

一方、創業以来44年間変わらない、「品質第一」のビジネスモデルは、大切に守り続けている。

「品質を大事にしてきたから、常連の皆さまが世代を超えて、初花に足を運んでくださっている。歴史の長さだけは、絶対に他店が真似できないものです」

オープンキッチンでのおまかせメニューで勝負するすし店が増えている中、初花は変わらず、アラカルトをメインに据える。「すしは、食べたいネタを食べたい量楽しめることが、一番の魅力と感じています」。佐藤さんの思いを乗せて、今日も板前らが、老舗の流儀ですしを握る。

現在、10歳と6歳の子供を持ち、自身も父親となった佐藤さん。その情熱と希望は、次世代にどう受け継がれていくだろうか。

 

 

 

佐藤圭太(さとう・けいた)
ニューヨーク生まれ。ニューヨーク大学卒業。
実家業である「初花」ニューヨーク店のアシスタントマネジャーを経て、
2000年にシカゴ支店(現在は閉店)社長に就任。
06年よりニューヨーク本店の2代目社長に就任。
ストレス発散の方法は「眠ること」。

 

関連記事

NYジャピオン 最新号

Vol. 1125

出張者にも! 一時帰国者にも!  NYのお土産・手土産は何がおすすめ?

コロナ禍でも一時帰国をする在米日本人は多く、また10月1日からワクチン接種証明書による日本帰国後の隔離期間が短縮されたこともあり、出張者も徐々に戻って来る見込みだ。そんな帰国の際、知っておくと便利なニューヨークならではのお土産、手土産についてチェックしよう!

Vol. 1124

ロシア人街でフクースナ(おいし〜い)!

ブルックリン区最南端のブライトンビーチは、ロシアと黒海沿岸地域からの移民が多く暮らすエリア。地下鉄高架下や周辺には、郷土史色豊かな食べ物を売る店やレストランが軒を並べている。

Vol. 1123

ニューノーマルのバーバー事情

いよいよ経済の復興期に突入したニューヨーク。対面ビジネスも次々に再開され、男性の身だしなみが気になり始めた。新しいノーマルに向けて活況を呈する理容の世界をのぞいてみよう。

Vol. 1122

コロナに負けず NYファッションシーンが再開!

まだまだデジタルでの新作発表を行うブランドが多いものの、パンデミック以降、初めてゲストを招いてのニューヨーク・ファッション・ウィークが再開した。今回のショーの動向、ニューヨークのファッションシーンを盛り上げるべく奮闘する、日本人デザイナーやモデルにもフォーカスする。