Page 34 - NY JAPION
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25ストリートにあるポーランド系のカトリック教会(1904年建立)。ポー ランド移民の多くがグリーンウッド墓地か時計工場で働いた42ストリートに建つカトリック教会(1905年建立)。塔の頭のドームが 特徴。「ブルックリンのサクレクール寺院」の異名を取る全米初のコープアパート。フィンランド系移民が作った。玄関の上には フィンランド語で「最初の一瞬」と彫られている600518204542 52 175025Friday, February 19, 2016|Vol. 852|34 AREA STORY1943  世界中から観光客が集まるニューヨークに は長い発展の歴史とストーリーがある。この 街の変遷を、1カ所にフォーカスし、数回に わたって紹介する「NYいまむかし」。今週は多くがグリーンウッド墓地 に勤務した。マンハッタンの 全人口が100万人だっ た 世紀後半に、「冥界テ ーマパーク」は年間 万人 を集客し大繁盛だった。し かし、既に社会的地位を築 いていたアングロサクソン 系のアメリカ人が、いかに 最新式墓地とはいえ、墓堀 りの仕事に進んで就くはず もなく、後発の東欧移民が この仕事を担った。がパリのサクレクール寺院 に似ているのは建築家のレ イモンド・アルミラルがフ ランスのボザール建築を得 意としていたからに違いな い。その後、教会の周辺には イタリア系やプエルトリコ 系など、他のカトリック移 民も集まってくる。自体もカトリックに比べる とずっと質素だ。彼らは8 アベニューを中心にサンセ ットパークからベイリッジ に至る範囲にコミュニティ ーを形成。仲間意識と信仰 ゆえの互助精神が高く、ル ター派の病院や学校を 次々に建て、同郷会、同業 者組合など社会福祉にも 積極的に関わった。移民労働者の街民たちも、技能を持たなか っため、最下層の肉体労働 を強いられ、最低の賃金にが進み、巨大配送センター 「ブッシュターミナル」が近 所に完成すると、湾港労働 者や船舶技師、溶接工など の熟練工が北欧から多数 移り住んできた。移民の原  前回は、1838年に開 園したグリーンウッド墓地 と死者たちの話に終始して しまったので、今回は生き た人間たちについて書き留 めておこう。甘んじる。マンハッタンのア イルランド街は貧困ゆえに こ と ど ご く ス ラ ム 化 し 、 人々は貯えができると郊 外へ移住した。  熱心なカトリック教徒で あるポーランド人の心のよ りどころは、 ストリート にあるアワ・レディ・オブ・チ因は本国の経済不況だが、ミネソタやウィスコンシンなど中西部の農村に定着した農民系とは別個の流れだ。勤勉で高い工業技術を持っていた彼らは港湾産業の重要な原動力になった。   今のサンセットパークを  墓地開園後、サンセット パークは、宅地化に拍車が 掛かった。最初にやって来 たのは、アイルランド移民 だ。 年に始まったジャガ イモ飢饉(ききん)の影響 で、アイルランドの人口のェ ン ス ト ホ ヴ ァ 教 会( 1 9 04年建立)。ポーランド の根強い聖母信仰を受け 継ぎ、今もポーランド語で ミサが行われている。天を 突くような尖塔( ・5メ ートル)が圧巻だ。%に当たる200万人 が国外へ流出した。その多 くが貧しい農民。ニューヨ ークに到着した多くの移  サンセットパークは基本的に、庶民の街。労働者の街である。本コラムで紹介してきたブルックリンハイツ、アストリア、クラウンハ   カトリック教会と言え イツといった住宅地と違っ ば、4アベニューと スト て、このエリアを歩いても リートの角に建つ聖ミカエ 成功者が建てた豪邸を見 ル教会( 年建立)の今様 ることはない。 ビザンチン建築も見逃せな  北欧移民のほとんどは 「ルター派」のキリスト教徒 だ。 世紀ドイツでマルテ ィン・ルターが起こした宗 教改革運動に始まるプロテ スタントの一派で「信仰の 対象は聖書のみ」をモット ーにする実に敬虔(けいけ ん)な信徒たち。教会建築歩いても北欧の香りは全く しない。彼らが住んでいた 形跡は、「最初の一瞬」以外 に何もない。次回は、北欧コ ミュニティーの衰退に伴う 戦後の社会変化、そして今 一番新しいサンセットパー クを紹介しよう。  アイルランド人の後に続 い。塔は前者を上回る地上 いたのは、ポーランド移民。 メートル。頂上のドーム(中村英雄)  1879年、当時人気を 誇っていた置き時計メーカ ー「アンソニア」がこの地に 世界一の規模の大工場(工 員360人)を開設する と、手先の器用なポーラン ド人たちは時計職人とし て雇われるようになった。  一方、 世紀の後半から増加したのが、ノルウェーとフィンランドを中心とする北欧諸国からの移民だ。 る。フィンランド語で「最初北欧からの互助精神ニューヨーク港の湾岸開発の一瞬」を意味するそうだ が、ここは、今からちょうど 100年前の1916年 に完成した全米「最初の」コ ープ(CO-OP)アパートメン ト。共同住宅の物件そのも のを購入するのではなく住 民全員がビルの株主になる という考え方は、もともと は貧しいフィンランド系労 働者を救うための非営利 事業が原点。サンセットパ ークが発祥の地なのだ。  興味深いのは、 ストリ ート826番地に残る一棟 の ア パ ー ト 。正 面 玄 関 に「Aluk Toinen」の文言が残


































































































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