Page 17 - NY Japion
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17|Vol. 897|Sunday, January 1, 2017 AREA INFO進め!NY道R293プラスキー橋GGreenpoint Av21  世界中から人が集まるニューヨークには長い発 展の歴史と物語がある。新年のシリーズ第一弾 は、縁起のよい「緑」にちなんでブルックリンのグリ ーンポイントを「歩き初め」する 。である。  地域を特徴付けているの  地下鉄Gラインの便も つてはその名の通り緑に覆 改善されて、グリーンポイ われたのどかな田園地帯 ントは今やミレニアル世代 だった。イーストリバーと に人気のエリア。ワンベッド その支流ニュータウンクリ ルームが2000ドルを ーク、そしてブルックリン 超える 世紀の「高級住宅 =クイーンズ高速道に囲 街」となってしまったが、か まれた約7平方キロの「三暮らしていた。ている)。その後、ピーター・ とよく分かる。小川の両岸角形」がグリーンポイントド会社が土地を買い上げ 立戦争(1776〜 年) たのが1638年のこと。 を挟んで 世紀初頭まで 年にノルウェー出身のダ 農業を営んでいた。小舟で ーク・フォルカーツェンが最 イーストリバーを渡って農 初の入植者として家を建 作物をマンハッタンの市場 て、農場開拓に乗り出し に出荷する安定した生活 た。ダーク・デ・ノーマン(ノ が100年以上続いた。川は、エリアの北。クイーンズ区との境界を成すニュータウンクリークだ。イーストリバーから分岐する天然の支流で、全長約5キロ。ヨーロッパ人の開拓前には浅くて細い支流が内陸奥深く縦横無尽に走っていた。 ったのか、先住民との争い流域にはマツやカシの森が が絶えず、義理の息子たち 「緑」のない街 広がり、魚や貝やエビ、カニ をケスカチョーゲに惨殺さそして水鳥の宝庫だったそ れている。結局、ダークは土   ところが、今のグリーン うだ。レナぺ族系のケスカ 地をオランダ系開拓民に ポイントに当時の面影は全 チョーゲ族がそこで素朴な 売却(「ノーマン」の名前は くない。クリークに架かる 農業と狩猟採集を生業に 今も通りの名称として残っ プラスキー橋の上から見るーマンとはオランダ語で北 辺には、まだ緑があふれ、 欧人のこと)の異名をとっ 人々はここをグリーンポイ た彼は、振る舞いが横暴だ ントと呼んでいた。プラーというユグノー教徒 は痛いほど工業化されてい (キリスト教の一派)が、自 て、異臭が漂うものの、自然 警団の長となりこの土地を の恵みなどかけらもない。   その先住民から東イン 仕切る。プラーの一族は、独   2007年、市の肝入り でクリークの岸辺にできた ネイチャーウオークを訪ね てみた。彫刻家ジョージ・ト ラカスの設計による遊歩道 はアートとしては刺激的 だが、申し訳程度に在来種 の草木を植えているだけ で、お世辞にもネイチャー とは言い難い。ただ、クリー ク越しにそそり立つ宇宙船 群のような浄化装置の異 形はこのエリアが経てきた 数奇な運命を物語って余り ある。次回は、 世紀の工 業化で一変した街の歴史を初期入植者たちさかのぼる。 (中村英雄)「新年のごあいさつ」皆様にも 佳い年に なりますよう!高嶋リカニュータウンクリークEast River読者からのストーリーを募集!自分のニューヨーク体験をマンガにして もらいたい人はreader@nyjapion.comまで。©AOZORA ARTNassau Avマクゴーリックパークプラスキー橋上の歩行者専用道からニュータウンクリー クを臨む。左岸がグリーンポイント。右岸はクイーンズ区ネイチャーウオークに自然はない。川越しの風景はとこと ん工業的。市内最大の環境汚染地帯といわれている194519 83


































































































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