みみ先生の日本語子育て

その4 子どもの身を守るための 危機感を持つ

現地邦人の子どもたちに向けて日本語教育を行っている皆本みみさん。「みみ先生」からニューヨークでの日本語教育について大切なことを伝えていく連載。


子どもがまだ幼い頃、ニューヨークでは誘拐が多発していました。その証拠に、いつでも牛乳パックなどには、誘拐された子どもの情報が印刷されていたのです。当時、アメリカでは、企業が協力して、誘拐事件に関する情報提供を広く呼び掛けていました。テレビでも公開捜査の専門番組があったくらいですから、それほど誘拐が多かったのです。牛乳パックの子どもの写真は、毎日別のものに変わっていました。

しかし、残念なことに、誘拐されたら最後、戻ってくる可能性は極めて低いのです。例えば、女の子の場合、犯人は誘拐するとすぐに頭を坊主狩りにして、男の子の服を着させ、しかもトーマスとかなんとか男の子の名前を付けてしまうのです。子どもとは不思議なもので、トーマスと呼ばれているとトーマスになってしまうのです。そうなったら、わが子の写真を掲げようが、名前や特徴を訴えたところで、別人と化してしまったわが子を探すことは至難の業です。

そんなわけでマーケットに行く時などは、娘たちにはショッピングカートを必ずつかませていましたし、体が小さいうちは、カートの中に乗せて買い物を済ませました。また、外を歩くときも、必ず子どもたちと手をつないでいたのは言うまでもありません。

 

 

ニューヨーカーの優しさ

ニューヨークである日、こんなことがありました。ママ初心者マークを付けていた頃の話です。自宅のすぐ近くに鉄道の駅があり、子どもたちは駅前の広場で遊んでいました。すると、私がちょっと目を離した隙に、下の娘がいなくなってしまったのです。なんのことはない、すぐ近くにいたのですが、互いに反対方向の階段を降りてしまっていたのでした。

その時、一人の若い女性が私のところにやってきました。そして、「あなたはこの子のお母さんですか?」といきなり聞いてきたのです。「そうです」と答えたら、「絶対に子どもから目を離さないでね」と彼女は言いました。

You are right, thank you.(おっしゃるとおりです。ありがとう)。その時は、心からお礼を言いました。全くその通りですから、おせっかいだとも思いませんでした。

実は、こんなことは何度かあったのです。やはり下の娘が私からちょっと離れてしまった時のことです。一人の男性が私には何も言わずに、娘に向かって、「お母さんのそばから離れちゃだめだよ」と声を掛けたのです。その時の光景は忘れもしません。幼い子どもの目線の高さまで腰を落として、諭してくれたのです。娘はおとなしく素直にうなずいていました。

子どもは皆で守る

どちらの場合も、全く親への批判とは取れませんでした。ところが、同じことを日本でした場合、親への批判になってしまうことがあります。注意を受けた方は、自分のしつけが行き届いていなかったと思ってしまうことが多いですし、ひどい時は、「余計なお世話」だと感情を害してしまうことさえあり、互いに気まずくなってしまいます。

しかし、そうではありません。子どもを育てていくには、親の手だけでは足りないのです。アメリカ社会には、この考えが浸透しています。

そういえば、ひと昔前の日本にはこんな言葉が残っていなかったでしょうか。「子どもは国の宝」だと。国の宝は皆で守るものだったんです。悲しいことですが、子どもを注意すると、ナイフで刺されてしまう今どきの日本。他人の子どもに関わっていくのが難しくなってしまったようです。

わが子の身の安全は、親自身がしっかり守らなくてはなりません。命がけで生きるのはニューヨークだけではないのですから。

※このページは、幻冬舎ルネッサンスが刊行している『ニューヨーク発 ちゃんと日本語』の内容を一部改変して掲載しております。

 

 

皆本みみ

1952年、東京都八丈島生まれ。
79年に来米。
JETRO(日本貿易振興会)、日本語補習校勤務を経て公文式の指導者となり、シングルマザーとして2人の娘をニューヨークで育てる。
2007年『ニューヨーク発ちゃんと日本語』(幻冬舎ルネッサンス)を上梓。
現在もニューヨークで日本語の指導者として活動中。

 

 

 

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