レトロ作品 まったりレビュー

今週の1本 Friendship (邦題:未定)

映画監督・鈴木やすさんが、映画好きにもそうでない人にも観てほしいおすすめ新作映画作品をご紹介します。


僕の年代は大学生時代がバブルの絶頂期だった。就職状況も超売り手市場で引く手あまた。大学生まで金を持っていたわけではないが、日本全体が底なしの楽しさで浮かれていた。今でもあの時代に培った「楽しいことをガンガンやっていれば誰かが金を出すだろう」という楽観感覚は僕の中に残っていて、そうでなければ自主制作で映画を作るなんて事は考えなかったかもしれない。数年後にこのイケイケの状況が180度転換して日本経済が奈落の底に沈んでしまうなんて想像もしていなかった。

そんなイケイケの大学時代を卒業していきなり湾岸戦争で傷ついたばかりの大不況の米国に渡った。荒野の砂漠のようなニューヨーク、学生ビザでできる仕事はレストランの最下層の仕事だけ。家族からは1万キロ以上離れ、言葉もままならず友達もいない状況である夜、淋しさに打ちひしがれて一人ぼっちのアパートで泣きはらした。そんな夜にある女の子のことを思い出した。講義にも出ずにチャラチャラ遊びまわっていた僕たち大学生のグループの周りでいつも仲間に入りたそうにしていた女の子。正直名前も思い出せない。黄色いシャツにデニムのスカートパンツという野暮ったい服装だけは憶えている。僕たちはなんとなくその子を避けていた。

無視こそしないもののその子は4年間とうとう僕たちのグループには入れなかった。そしていつか忘れた。その子の顔がその淋しい一人ぼっちの夜にふっと浮かんできて僕はこう思った。「なんであの子にもっと優しくできなかったんだろう?」身勝手な話だが、手遅れであっても一度でもあの子のその時の気持ちを考えられたことは大切な事だと感じる。あの子はあれから心を許せる友人やパートナーを見つけてくれていてほしいと願っている。今回の映画を見ていてそんな過去を思い起こさせられた。

 

生身の人間の経験

コロラド州の小さな街でマーケット会社に務めるクレイグは妻とティーンの息子と暮らし、マーベル映画を好み、夜はスポーツを見ながらビールを飲む、ごく平凡な米国郊外のどの街にもいそうな中年男性である。そんな彼がある日、近所に住むローカルテレビのお天気アナウンサー、オースティンに出会う。オースティンはクレイグとは正反対。興味深い仕事を持ち、ローカルアマチュアロックバンドのギターとボーカルを務め、クールで冒険好き。クレイグは40代になって新しい友人ができた嬉しさにオースティンにどんどん惹かれていく。

ところがある夜、オースティンの家でのビールパーティーでクレイグは緊張のあまり気まずい失敗ばかり。そして次の日、クレイグはオースティンから、友人関係を終わりにしようと告げられる。大人になってからの友達関係、特に多様性のあるニューヨークでできた友達はいろんな職種の友人がいて本当に面白い。地域の裁判長やスペイン人の数学者と友達になって一緒にキャンプに行くようになるなんて若い頃は想像もしていなかった。大学教授の僕の妻は教えている生徒たちのことを心配している。彼ら大学生はちょうど多感な高校生の時期にコロナ禍で友人関係を作れなかった年代だそうだ。

メタのザッカーバーグCEOは「近い将来、社会は人工知能との友人関係の重要性を説明できるようになるだろう」と発言している。確かに人工知能は大学時代の僕のように楽しく連れ回ったり、冷たくあしらったりする人間を選んだりはしない。しかし、その経験から人を思いやる大切さや、淋しさを乗り越える強さを学んだような生身の人間の経験はさせてくれないだろう。

 

今週の1本

Friendship (邦題:未定)

監督:アンドリュー・デヤング
脚本:アンドリュー・デヤング
音楽:キーガン・ディウィット
主演:ティム・ロビンソン
ポール・ラッド

「セカンドチャンスをくれよ!俺のことをわかってくれ!」

(予告はこちらから

 

鈴木やす

映画監督、俳優。1991年来米。ダンサーとして活動後、「ニューヨーク・ジャパン・シネフェスト」設立。短編映画「Radius Squared Times Heart」(2009年)で、マンハッタン映画祭の最優秀コメディー短編賞を受賞。短編映画「The Apologizers」(19年)は、クイーンズ国際映画祭の最優秀短編脚本賞を受賞。俳優としての出演作に、ドラマ「Daredevil」(15〜18年)、「The Blacklist」(13年〜)、映画「プッチーニ・フォー・ビギナーズ」(08年)など。現在は初の長編監督作品「The Apologizers」に向けて準備中。facebook.com/theapologizers

 

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