ハートに刺さるニュース解説

第100回 巧妙化するフェイク

 

ディープフェイクがやってくる

「ペロシは、酔っ払っているのか」

ドナルド・トランプ大統領を記者会見で批判するナンシー・ペロシ下院議長のビデオにこんなコメントが、ソーシャルメディアで現れた。

カリフォルニア州選出だが、出身である南部の「R」が強いアクセントが引き伸ばされ、酒に酔ってしゃべるのに苦労しているように聞こえる。

 

オリジナルを加工

実は、このビデオはオリジナルの再生を少し遅くし、「加工された」映像だった。ところが、これがアップされるとソーシャルメディアで何万回もシェアされた。

さらに、トランプ氏の弁護士で元ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ氏が「ペロシはどうしたんだ? しゃべり方がおかしい」とビデオをリツイート(後に削除)。当然、トランプ氏も「ペロシがしどろもどろだ(STAMMER)」と全て大文字でコメントし、リツイートした。

トランプ氏と、民主党が多数派の下院を代表するペロシ氏は現在、最悪の関係にある。2016年大統領選挙でロシア政府が介入した問題で、下院がトランプ氏を弾劾する手続きに入るのか、また、生活基盤設備を巡る会合の決裂、イラン問題など、両者は真っ向から対立している。

加工されたビデオは、ペロシ氏がいかにも現職にふさわしくないように見せるように作られたともいえる。実際に、オンラインメディアの「デイリー・ビースト」は、このビデオが保守派ブロガーの二つのフェイスブックアカウントから発信されたことを突き止めたという。当のブロガーは、他人がビデオを加工したと反論している。

ビデオは当然「フェイク」であるから、フェイスブックが削除すべきだという声が上がった。しかし、フェイスブックは、放置した。

その後6月11日、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)自身のフェイク動画がインスタグラムに登場した。ビデオ中のCEOはこう語る。

「フェイスブックの使命は、人々をつなげることだとみなさんには伝え続けていきたい。でも、そうじゃないんです。当社は、単に皆さんが将来どう行動するか知りたいんです。『スペクター』は、みなさん自身や愛する人々全てが個人的な情報をタダでシェアするようにさせる方法を、私たちに教えてくれました。皆さんが自己表現すればするほど、当社は皆さんの情報を所有することができるようになるんです」

 

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOのフェイク動画

危険な技術、跋扈の恐れ

発言内容は、フェイスブックは人々のコミュニケーションを助けるのではなく、個人情報を奪いたいだけだという、ショックなものだ。当然、ザッカーバーグ氏がそんなことを言うわけはない。

ここに登場する「スペクター」は、デイリー・ビーストによると、英国の芸術イベントで、ビデオはそこへの出品だった。ビデオは、「ディープフェイク」と呼ばれ、人工知能(AI)を使ったフェイク動画だ。本社で撮影されたザッカーバーグ氏の演説する体の部分と、コンピューターで作ったザッカーバーグ氏の顔、そして俳優の声を組み合わせた、という。

このビデオは当然、フェイスブックでもシェアされたが、広報担当は、「このコンテンツも、インスタグラム上のすべての偽情報と同じように扱う」と宣言したという。

ディープフェイクはつまり、自分や会社にとって「言いたくないこと」「言ってはいけないこと」を言わせることができる。あるいは、その人物が犯していない犯罪や嘘を「言わせる」こともできる、非常に危険なビデオ技術だ。

16年大統領選挙は、「フェイクニュース」の影響が大きく懸念された。20年は「ディープフェイク」が跋扈(ばっこ)するのは間違いないだろう。

対立候補が、相手に不利になることを言わせるビデオを、支援者が意識的に流すことができる。少しでもおかしいと思ったら、シェアしない、そういった慎重さが有権者にも求められてくる。

 


津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。
近書に「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

 

 

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