ハートに刺さるニュース解説

第102回 クルド人と米国

米軍撤退を機に大混乱
揺れるホワイトハウス

新聞は連日、シリアの報道である。なぜか。トランプ米大統領とホワイトハウスに、初めて与党・共和党も反旗をひるがえし、かつてない混乱が訪れている。

トランプ氏は10月6日、シリア北東部からの米軍撤退を発表した。そのわずか3日後、シリア北部に国境を接するトルコが9日、クルド人・民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」が支配するシリア北部に侵攻を開始した。

国境北部を抑えていた米軍がいなくなるのをきっかけに、トルコはシリア北部を「安全地帯」として制圧したかったからだ。この地帯については、後述する。

ところが、米下院は16日、シリアからの米軍撤退に反対する決議案を、354対60の賛成多数で可決した。野党・民主党議員は235議席を保有するに過ぎないため、トランプ氏率いる共和党の議員の3分の2にあたる、120票あまりが決議案に賛成したことになる。

共和党の結束にも波及
造反者はなぜ出た?

その後、米国民は、ホワイトハウス内の混乱を見ることになる。下院決議の直後、連邦議会指導部は、ホワイトハウスでトランプ氏と会談した。

英BBCによると、この際、トランプ氏がナンシー・ペロシ下院議長(民主党)を「三流政治家」呼ばわりしたため、民主党議員が全員退室した。

さらに、双方の発言を巡っての応酬が始まった。やり取りは以下だ。

ペロシ下院議長「私たちが目撃したのは、大統領のメルトダウン(コントロールが効かないこと)だ。悲しいことに」(会談後、記者団に対して)

トランプ氏「ペロシは、今日ホワイトハウスでメルトダウンした。見るのは辛かった。彼女のために祈ろう、彼女は重病人だ」(ツイッターで)

それでは、なぜ下院共和党は投票の際、造反組を出したのか。それは、シリア北部にいる「クルド人勢力」は「長年の同盟関係」「盟友」という見方が根付いているためだ。米国人は、クルド人に対して、非常にいい印象を持っている。

ISの脅威いまだに
クルド人と米国の関係

米国民が恐れるテロリストのナンバー1は、シリアの過激派勢力「イスラム国(IS)」だ。そして、ISを米国などの連合軍が破ることができたのは、クルド人勢力の協力があったからだ。米軍が撤退し、トルコ軍が侵攻してしまうと、これまで拘束され、抑えられてきたISの勢力が再び、息を吹き返すことが懸念される。

一方でトルコは18日、シリア北部の軍事作戦を5日間停止することで同意した(その後、23日に150時間の延長が決定)。クルド人勢力が、シリア国境から30キロメートルの「安全地帯」から撤退し国境から離れれば、作戦を終了するという。トルコに飛んでいたマイク・ペンス米副大統領とトルコ当局が明らかにしたものだ。

トルコは「安全地帯」と呼ぶ地域を制圧、確保し、クルド人勢力を一掃したいとしてきた。その後、シリア内戦などでトルコに避難してきたシリア難民約200万人を、安全地帯に移住させたいとしている。

停戦はわずか5日間だけ。米国はトルコの「安全地帯」の案を否定しているため、シリア問題解決の糸口は見つかっていない。下院は、米軍撤退について抗戦を続けるつもりだ。

世界の注目集める米国
「メルトダウン」を防げ

しかし、トランプ氏は、シリア撤退という自分の決断を正当化し続けている。

「(米国は)警察ではない。みんなが帰国する時がきた。トルコとシリアは国境で問題を抱えている。われわれの国境ではない。われわれがそのために命を失うべきではない」と、記者団に述べたという。

米軍撤退と停戦は自分の手柄であり、突然引き起こしたシリアの混乱は、「シリアの問題」としている。

トランプ政権は、発足から1000日を迎えた。しかし、ホワイトハウスの混乱は深まり、シリアと世界にも悪影響を及ぼしている。トランプ・ホワイトハウスの「メルトダウン」は、世界の混乱につながる。このままでいいはずはない。

 

 


津山恵子
ジャーナリスト。
「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。
フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。
近書に「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

 

 

 

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