2016/05/27発行 ジャピオン866号掲載記事

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奈良県出身。父親の仕事で5歳までロンドン、帰国後は横浜市で育つ。東京大学理学部生物化学科卒、同大学院修士課程を理学系研究科生物化学専攻で修了、同大学院で理学博士号取得。2011年、東京大学分子細胞生物学研究所での特別研究員を経て、同年9月から現職。


実験中の船戸さん。他にもコンピューターでデータを解析したり、政府機関や各種財団への助成金申請書を作成するなどデスクワークも多い

「MI–2」で小児脳腫瘍の新治療に第一歩

スローンケタリング記念がん研究所勤務 船戸洸佑さん


 その名は「MI–2」。スローンケタリング記念がん研究所の研究員・船戸洸佑(こうすけ)さん(32)が2013年に発見した、小児脳腫瘍の治療に有効な化合物の名前だ。翌年には学術誌「サイエンス」に論文が掲載され注目を集めた。

 「『MI–2』でネット検索すると、トム・クルーズ主演の映画がまず出てくるんですよねえ」と冗談めかすが、小児脳腫瘍の発症機構の解明と、新規治療法を探索するという船戸さんの仕事は、まさに「ミッション・インポッシブル」だ。

 小児脳腫瘍といってもいろいろあり、船戸さんの研究対象は、中でも悪性度が高く、予後も悪いタイプ。これまでは、なぜそうした脳腫瘍ができるのかが分かっていなかったが、最近の研究の結果、特定の遺伝子変異が原因だと考えられるようになった。手術が難しいタイプだけに、新治療法の開発は必須。「MI–2」は、その第一歩だ。
 

基礎研究で社会に貢献

 大発見の瞬間とはどういうものなのか?「データを解析していて、何となく見つけました。同様の発見がすでにされていないか、データが間違っていないかなど、確かめなければならないことが山積でした」と冷静な回答が返ってきた。

 それだけに、「サイエンス」で発表できたときはうれしかったという。「いろいろな人に、僕の研究内容を知ってもらえましたから」と笑顔になった。同研究は、ロックフェラー大学の教授とのコラボレーション。「この教授のおかげでうまくできました。環境や仲間にも恵まれたと思います」と、感謝の気持ちも忘れない。

 船戸さんが現職に就いたのは2011年、27歳のときだ。日本では東京大学の研究所で大人の脳腫瘍の研究をしており、その過程で博士号を取得。「アメリカは研究も進んでいるし、優秀な研究者も多い。一度は日本を出て、アメリカでやってみたかった」のがここに来た理由だ。フロリダで開かれた学会の帰りに、ニューヨークに寄って面接を受け、採用となった。

 「MI–2」は、研究が進めば新薬として開発されるかもしれない。しかし、「これからも僕は基礎研究者として社会に貢献していきたい」と船戸さんは話す。化合物から薬を作るのは化学者の仕事。医療研究分野の役割分担を尊重し、自分は自分にできることをやっていきたいと語る。

夫人に作る手料理

 ニューヨークに来て4年目の14年は、船戸さんにとっての「豊年」だった。「サイエンス」への論文掲載と前後して、友人のクリスマスパーティーで知り合った女性とゴールインした。

 「寝ても覚めても『MI–2』です」と苦笑する船戸さんだが、リフレッシュも兼ねて、走ることと料理が趣味。得意料理はスパゲティーの「カルボナーラ」で、夫人によく「作って」と頼まれるそう。14年には初めてニューヨークシティーマラソンにも出場した。

 「考えるのが仕事なので、走っているとき〝無〟になれるのがいいです」


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