2015/09/25発行 ジャピオン832号掲載記事


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ニューヨークで奮闘する二代目の姿


親父は”古流”、僕はアメリカ流
国士武道インスティチュート 東信太郎さん

 柔道、柔術、合気道を教える国士武道インスティチュートは創業52年。東信太郎さん(30)は、2013年に二代目に就任した。

 父親の信義さん(77)は国士舘大学柔道部1期生。柔道の海外普及と、ニューヨーク支部設立のため1963年に派遣された。87年に帰国辞令が出たが、残留し、道場を独立させた。

 信太郎さんは、3歳から柔道を習い始めた。当時は生徒も少なく、「強い大人の選手ばかりいて、しごかれました。投げられて泣いたこともある」。

 現在柔道5段。2012年には世界ランキング43位になり、肩をけがしなければ、五輪出場も夢ではなかった。

自分で選んだ二代目の道

 「道場は継がなくていい」と信義さんは言っていた。五輪の夢が破れたとき、1年ほど製薬会社のセールスの職に就いた信太郎さんだが、父親が好きな柔道で生活するのを見て育ったため、「自分も」という思いが強くなっていった。

 そして、信義さんが課した後継ぎの条件は大学院を卒業すること。13年に修士号を取得すると、念願の二代目就任。「意地もあった」と言う。3歳からの努力と実績は、かつて自分をしごいたベテラン選手さえも認めるところとなった。

 親子でよくけんかもした。「親父は〝古流〟。タフで、根性一筋の日本式。でも僕はタフじゃない」と笑う。本を読んで研究して技を磨くなど、やり方が父と違うため、衝突したのだ。

 経営方針も全く逆だ。父親は「電話もとらなかった」が、信太郎さんは「クレジットカードも導入したし、広告も、ソーシャルメディアも活用します」。指導方針は初心者でも楽しめるように変えた。結果、生徒が100人以上に増え、「さすがの親父も喜んでくれています」とうれしそうだ。

 今後は、「他国の武道に負けない、〝日本の武道〟をもっと世界に広めていきたい」と話す。


東信太郎さん
ニューヨーク出身。


ニューヨーク市立大学ハンター校で心理学専攻。同大学院ESL修士号。3歳から柔道、柔術、合気道、空手を始める。2013年に道場を継ぐ。

Kokushi Budo Institute
www.kokushibudo.com


毎日、道場では熱い稽古が繰り広げられている



挫折に強い人間を作る
そろばん教室 佐藤友一さん
 「そろばんを続けると、挫折に強くなり、挫折が好きになります」と力説する、佐藤友一(ともかず)さん(30)。大学では経済学を専攻していたが、卒業と同時期にリーマンショックが発生。気に入った就職先がなく、兄の誘いを受け、母親のタカ子さん(68)が当地で40年間続けてきたそろばん教室を手伝うことに。マンハッタン校とブルックリン校を引き継いで7年になる。ウェストチェスター校などを含めると、生徒数は約120人だ。

 全国珠算教育連盟主催の珠算検定の場合、15級からスタート。14級、13級と上がっていき、1級を取得すると段位へ移行。最高は10段だ。普通に続けていれば5、6級は取得できるが、そこから上になかなか行けない人が多いという。4歳からそろばんを始めた友一さんも、6級で1年くらい引っ掛かり「挫折」を味わった。そこで気が付いたのは、時間をかけてコツコツ勉強すればできるようになるということだった。

 「そろばん検定は何度でも失敗でき、何度でも受けられ、そして努力しただけ結果が出るんです」

マーケティングに着手

 友一さんは最近、そろばんの取得は計算力だけでなく、挫折を乗り越える力を付け、その後の人間形成に役立つということを強調したマーケティングを始めた。その背景には、作家のサイモン・シネック氏がTEDで行った、優れた企業に関するプレゼンテーションがあった。

 「シネックはアップル社などを例に出し、成功した企業は〝何を〟(商品)ではなく〝なぜ〟(その商品を作ったか)を前に出したマーケティングを用いたという話をしました。僕たちも〝何〟(そろばん教室)でなく、
〝なぜ〟(挫折に強い人間を作る)を説明する必要があると、気が付いたのです」

 母親もそろばんを通して、そういうことを教えたかったのだということが、分かってきたという。


佐藤友一さん
ニューヨーク出身。


ニューヨーク州立大学ビンガムトン校で経済学を専攻。2008年より母親の経営するそろばん教室に勤務。珠算5段取得。

The Soroban School
www.betteratmath.com


友一さんは、そろばん教室で指導に当たることもある



日本の文化を伝え続ける
宮障子 花房瑞州さん
 和風家具の専門店として、アメリカのみならず、世界各地に顧客を持つ宮障子(みやしょうじ)。代表の花房壽夫さん(78)の元に、息子の瑞州(45)さんが〝転職〟してきたのは1997年のことだった。

 グラフィックデザイナーだった瑞州さんは、ある日、父親にレジュメを差し出し「フルタイムで働きたい」と告げ、2週間後には店に立っていた。

 きっかけは禅だった。禅の悟りの形象として描かれる「円相」。円の形をした書画は始まりも終わりもなく、無限に続く宇宙を示しており、心性の完全円満を表すともされる。その円相に感銘を受けた瑞州さんは、宮障子で働こうと決意。家具や室内装飾の背景にある、日本の伝統や文化を伝えたいと思うようになったのだ。

 瑞州さんは終日店に出て、接客に当たっている。自分の立場を「アンバサダー」と言うだけあり、家具の知識はもちろん、その文化的背景を熟知し、英語で丁寧に解説している。

時代に適合した商売を

 意識していることは「moving along with community」。伝統は伝統として守らなくてはいけないが、それを受け入れる状況は刻々と変わってきている。それを踏まえ、異文化に柔軟に適合していく必要がある、ということだ。

 「僕はサーフィンをするのですが、それと一緒。来た波に上手に乗っていきたいんです」

 どんな波が来るか分からないからこそ、わくわくする。天井の蛍光灯用カバーを障子の枠と和紙で作ったり、ファッションブランドからの依頼で、ルックブック用に畳や布団を提供したり…。近いうちに店内に抹茶を提供するカフェをオープンする予定だ。

 「父親と相談しながら、一緒にいろいろなことを決めています。僕を褒めてくれたこと?ありませんよ(笑)。日本の父親ってそういうものでしょう」


花房瑞州(ずいしゅう)さん
ニューヨーク出身。


ニューヨーク州立ファッション工科大学でグラフィックデザインを専攻。1997年より父親の経営する「宮障子」に勤務している。

Miya Shoji
www.miyashoji.com


長年の顧客に、見本を見せながら家具の説明をする瑞州さん




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