2015/09/25発行 ジャピオン832号掲載記事


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親父のレガシーを大切に生きる
オカモトスタジオ代表 岡本慎太郎さん

「氷の彫刻」というジャンルで、ニューヨークに切り込んだ日本人親子がいる。父親亡き後、二代目は何を思い、何に挑戦しようとしているのだろうか?

父と息子で起業

 クイーンズ区ロングアイランドシティーで、「氷の彫刻」を手掛けるオカモトスタジオ。ダイナミックかつ繊細な形に彫り上げられた氷は、ファッションショー、新商品のローンチイベント、結婚式など、さまざまなイベント会場に飾られ、見る人を魅了し続けている。

 故岡本武夫さんが、息子の慎太郎さん(41)と会社を立ち上げたのは2003年。当時のニューヨークには、デザイン性に乏しい氷彫刻業者がダンピング競争をしている状態だった。2人はこれを好機と捉え「格好良く、クオリティーが高く、値段も高い氷の彫刻を作ろう!」と決意。「何のコネクションもなく、最初の1年は大変でした」と語る慎太郎さんだが、他社との差別化戦略は徐々に功を奏し、クライアントの数はどんどんと増えていった。

 「閉店しましたが、レストラン『MEGU』の店内に飾られていた氷の大仏は、うちが毎日作って持っていっていたものです」

 順調に成長したオカモトスタジオだが、08年のリーマンショックでは大打撃を受ける。「また一からやり直そう」という武夫さんの言葉に従い、社員を解雇し親子2人で乗り切ったおかげで復活。バブル時代を超える成長を続けている。そんな中、12年に武夫さんが肝臓がんで亡くなった。

 慎太郎さんは昨年夏、家族を連れて思い出の地アンカレッジを訪れ、子供の頃よく遊んだ小川に武夫さんの遺灰をまいた。

原点の地・アラスカ

 福岡県の土木業者の三男だった武夫さんは1983年、当時9歳だった慎太郎さんら家族を連れ、アラスカに移住した。日本食レストランを経営しながら、子供へのプレゼントとして、湖の氷を切り出して作った彫刻が注目され、地元で開催される世界的なコンペに出場し優勝。氷の彫刻業界では一目を置かれる存在になっていった。

 一方、慎太郎さんは幼い頃から絵画の才能を見いだされ、デッサンクラスなどギフテッド教育を受けるチャンスに恵まれた。大学ではアートと医学を専攻したが「心はアートにある」と気付き、画家として活動しながら、ニューヨーク市立大学ハンター校でアートの修士号を取得。そのころ両親がニューヨークへの移住を決め、会社立ち上げの流れとなる。

今後も成長を続ける

 武夫さんが亡くなった後、慎太郎さんの一番の功績は、2013年にアラスカで開催された世界氷彫刻チャンピオンシップに、著名な氷彫刻師、中村順一さんと一緒に挑戦し、優勝したことだという。

 「中村さんはかつておやじ(親父)のパートナーで、一緒に氷彫刻のコンペに出ていた人です。パートナーを組みたいという人は世界中にいるにもかかわらず、僕を選んでくれ、そしてセ氏マイナス40度の中、1週間かけて大作『バッタ』を完成することができました」

 仕事面では昨年10月に会社の入っているビルを購入。これで家賃を気にせず、腰を据えて仕事に専念できるようになった。また最近では彫刻以外に、ハイクラスのバーに卸す、純氷のカクテルアイス作りにも力を入れている。

 今後は手彫りに加え、CNCと呼ばれるコンピューターと連動した氷彫刻マシンの導入も検討している。「機械を使ったら他社と差別化ができないのでは?」との問いに対し、「アートのセンスがない会社だったら同じになってしまいます。でも僕たちの強みは高いデザイン性。むしろマシンを使って、エネルギーをセーブし、空いた時間をより良いデザインを考えることに使えば効率的ですよね」と笑顔を見せた。

 「今でも社内では、よく親父の思い出話になり、笑いが絶えないんですよ。本当に格好いい人でした。死を悲しむより、親父のレガシーを大切にすることに力を注いでいきたいですね」



岡本慎太郎さん
福岡県出身。9歳で家族とアラスカへ移住。ブラウン大学でファインアートと医学を専攻。ニューヨーク市立大学ハンター校でアートの修士号を取得。画家としても活動を続けている。
Okamoto Studio
www.okamotostudionyc.com


卓越した技術で、氷の彫刻を作成する慎太郎さん



イベント用に、企業からロゴを氷で作ってほしいという依頼も多い


亡き父、武夫さん。「俳優のような存在感がある人でした」(慎太郎さん)



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