アメリカのプロ・サッカーリーグ、MLSの国際部に勤務する中村武彦さんにとって、2007年は、日・米・豪からそれぞれのプロ・サッカーリーグの王者が参加してチャンピオンを決める、至上初の環太平洋選手権「パン・パシフィックチャンピオンシップ」の実現へ、大きく前進した1年となった。
元々、この企画は中村さんが書いた卒論がベースになったもの。「サッカー界はずっと欧州と南米の二極化で、日本のクラブチームが行けるのはせいぜいアジアの大会。国際試合慣れしていない日本サッカーが海外に出る道筋を何とかして作れないものか、そして、似た歴史や背景を持つアメリカと組むことで2国同時に盛り上げられないかと考えて練った戦略でした」。とは言っても、アメリカのスポーツビジネスの学位を取っただけでは話にならないだろうと一時帰国、プロ・チームなどでインターンをして人脈を広げ、経験を積み、MLSの門を叩いた。MLSのネルソン副社長に卒論を見せながら直談判し、まずはインターンとしてスタート。そしてがんばりが認められ、8カ月後には日本人として初の正社員に。通常業務と並行して、論文内容を新規事業として立ち上げることが許され、構想から3年、サッカー界の新しい歴史の幕開けとも言える同大会を実現まで漕ぎ着けた。
他のスポーツに押され気味の米国サッカー界だが、「プロ・リーグの歴史が浅いのと、他のプロスポーツの選択肢が多いのが原因。ただ、ここ数年のMLSの取り組みや移民の移り変わりでサッカー人気は上がってきている。未来への可能性は十分秘めています」と明るい展望を持つ。
今は2月に迫った大会に向け、スポンサーとの契約内容や放映権などの詰め、チケット販売など最後の追込み段階。今年の抱負は間違いなく大会の成功だが、初回を足掛りにどんどん大きくしたいと語る。「夢は諦めなければ絶対に叶う」と中村さん。「そのためには何が必要か、逆算して行動していきます」。日米サッカー界の架け橋として、次の夢を見据え、着実に実行していく年になりそうだ。 |