2018/07/06発行 ジャピオン974号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今年3、4月グランドセントラル駅を取り上げたが、続編として7、8月はペンステーションの歴史を振り返る。

ペンステーション❶

 ニューヨーク市の2大駅といえば、グランドセントラル駅とペンシルベニア駅だ。後者は通称ペンステーション。この連載では、在ニューヨーク邦人にとって呼び慣れた、通称の方を使うことにする。

 この2駅は何かと比較される。それもそのはずで、いずれも20世紀初頭の鉄道全盛期に、よく似たボザール様式により贅(ぜい)を競って建設された。そして半世紀後の1950〜60年代、ほぼ同時期に駅舎取り壊しの危機に直面し、一方は歴史的建造物として今もその荘厳な姿を誇り、もう一方は駅舎を持たない「地下駅」に成り下がってしまった。まさに「ニューヨーク市の駅物語〜光と闇」。

市内二つの駅、光と闇

 言うまでもなく、光はグランドセントラル駅だ。元ファーストレディー、ジャッキー・ケネディ・オナシスの努力により保存され、その後大規模な改装を経て今や完全に息を吹き返した。

 そして闇が、今回スポットを当てるペンステーションだ。結果論だが、こちらの方が10年ほど早く駅舎取り壊し案が持ち上がったのが不運だった。当然、市民や識者、心ある建築家らは猛反対したが、当時(1950年代)は市に歴史的建造物の保護法がなかったため、駅所有者と業者の思うがまま、マディソンスクエアガーデン建設を名目にあっさり壊されてしまった。

 行政としては、この損失は悔やまれたに違いない。10年後グランドセントラル駅の取り壊し案が持ち上がった際にはすでに、歴史的建造物保護法が成立していた。故に、ペンステーションの悲劇あってこそ、今のグランドセントラル駅があるという見方もできるのではないか?

味気ない地下駅に…

 ともあれ、1901年に建築工事が始まり、10年にオープンしたオリジナルのペンステーションは、63年に取り壊された。ただ、壊されたのは地上に立っていた駅舎のみ。もともと線路や乗り場は全て地下にあったため、駅舎取り壊しからマディソンスクエアガーデンと二つのペンプラザ(今ある高層商業ビル)建築中は、列車の運行はほとんど問題なく地下で行われていたという(歴史書「Conquering Gotham: Building Penn Station and Its Tunnels」より)。
 こうしてペンステーションは「駅舎なき駅」となり、63年から完全なる「地下駅」として生まれ変わった。駅名は、オリジナル駅建設当初の所有会社であり、列車運行会社ペンシルベニア鉄道(PRR)にちなんだもの。現在はアムトラックが所有している。
 いろいろネガティブなことばかり書いたが、現在さらなる転換期に直面しているこの駅が、100年以上の歴史を持つニューヨークの顔であることは確かだ。(佐々木香奈)

7&8アベニュー、31&33ストリートの間にあるマディソンスクエアガーデン。駅はその真下の地下にある
7アベニューの32ストリートにあるペンステーションの入り口。地下に降りると駅が広がる
8アベニューと33ストリートの東南の角が、マディソンスクエアガーデンとペンステーションの西の入り口

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