2018/06/22発行 ジャピオン972号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。1930年代、トライボロ橋の建設と並行し、島のスポーツ公園化が進む。モーゼスの情熱は世代を超える。

ランドールズ島便り❽

 三つのボロをつなぐ壮大なトライボロ橋は、公園局長ロバート・モーゼスの強力なリーダーシップのもと1936年に開通。彼は、橋の建設と同時進行でランドールズ、ワーズ両島(当時)のスポーツ公園化を推進した。すでに市内近郊に300以上の公園、公営プール、海水浴場を提案、造成してきたモーゼスにとって、この計画はひときわ意味が大きかった。

米国を代表する競技場

 「橋が完成すれば、市民がどっと押し寄せる。新しいレクリエーション場となり島の印象が変わる」

 エール大学水泳部の選手だったモーゼスは、スポーツが社会に与えるポジティブな効果を信じていた。島の暗いイメージの元凶でもあった精神科病院や自立支援施設、更生施設などの多くが取り壊され、満杯の入院患者は強制的に他の施設に移動させられた。

 橋の開通と同じ36年に華々しくオープンしたランドールズ島スポーツコンプレックス最大の目玉が、トライボロ競技場(後年ダウニング競技場と改名)だ。2万2000人収容の当時としては当地最大級の陸上競技場。同年7月11日のオープン時にはベルリン五輪の選考会が開かれ、ジェシー・オーエンス(陸上4冠王)が圧倒的な運動能力を見せつけた。64年には東京五輪の女子陸上選考会の開催、75年にはサッカーの神様ペレが米プロチームでのデビュー戦を飾るなどスポーツ史に残る数々の名勝負がここで繰り広げた。

 老朽化を理由に2002年に解体。04年には、5000人収容の小規模で近代的なアイカーンスタジアム(国際アマチュア陸上連盟公認)に取って代わられた。夏のイベントの名所で、今年も恒例の野外フェス「ガバナーズボウル」がここで開かれ、数万人の若い男女が踊り狂った。

日本人野球リーグの聖地

 陸上以外にもランドールズ島には野球、サッカー、アメフト場などを合わせると60面以上の球技場がある。ニューヨーク日系人会主催の外務大臣杯軟式野球大会のリーグ戦もここが会場だ。週末ともなると16あるチームが熱い戦いを繰り広げる。「この球場はニューヨークでも一番手入れがいいんです。野球をしやすいグラウンドですよ」と語るのは、同リーグの名誉会長兼大会顧問の加藤脩治さん。創設以来33年間欠かさず試合を見守ってきた。「最近ここの打線がすごいんだよ」と紹介してくれたチームが、「ロデオ50」。入団資格が50歳というウルトラ高齢球団だが、若い大型チーム「ブラックヤンキース」を相手に10対12と善戦した。

 「今季はまだ無勝ですが、野球は楽しい。次の次の週末は絶対に勝つからね」と監督兼選手の浜野純一さん。島特有の川風に吹かれて、誰もがいい汗をかいていた。(中村英雄)

2004年建築の陸上競技場アイカーン・スタジアムでは、「ガバナーズボウル」など野外ライブも行われる
今週も「ロデオ50」の円熟打線が火を吹いた。球場では年齢なんか関係ない、強いやつが勝つ
5番を打ってライトを守りながら、ロデオ50の監督も務める浜野さん。「今日はよく打てた」とうれしそう

バックナンバー

NYジャピオン 1分動画