2018/04/27発行 ジャピオン964号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今週は、20世紀初頭、今のグランドセントラル駅建設に向けての、一人のエンジニアによる壮大な構想を振り返る。

グランドセントラル駅❽

 1970、80年代からニューヨークに住む人なら、当時のグランドセントラル駅がどれだけ廃れていたか、覚えているだろう。公衆トイレなど、当時は汚い上に危険で、とても使えたものではなかった。

連邦最高裁の保存判決

 1960年代のこの駅は老朽化が激しく、経営も赤字続き。当時のオーナー、ペン・セントラル・トランスポーテーション社は、駅を全壊して高層ビルを建てようと、そのために邪魔な市の歴史的建造物指定を撤回させようと法に訴えた。一度はその訴えが法廷で通ったくらいだ。元ファーストレディー、ジャッキー・ケネディ・オナシスが立ち上がらなければ、今頃ここには味気ない高層ビルが立っていたかもしれない。

 しかし、ジャッキーが「この街から歴史を取り上げてはいけない」と市に懇願。賛同する熱心な保存派がジャッキーの周りに結集した。

 歴史的建造物をめぐる訴えで、連邦最高裁までもつれ込んだケースは米史上で唯一、グランドセントラル駅の保存訴訟だ。1978年、ついに連邦最高裁が「保存」裁決を下し、現在までこの駅は歴史的建造物として保護されている。

 その間、ペン・セントラルは破産し、駅の所有権がアメリカン・プレミア・アンダーライターズ社に移行。2006年に現オーナーが買い取った経緯は、連載1回目で書いた通りだ。

 最高裁判決から10余年後、駅の修復工事が始まった。今のメーンコンコースからレキシントン・アベニューに抜ける南北の商店街や、グルメマーケット、地下のフードコートが徐々に完成し、その後もさらなる修復、新店舗増設が続けられ、今に至る。

 ジャッキーの功績は、駅構内に刻まれている。バンダービルトホールにあるスライド展示を見ると経緯がよく分かる。1963年のケネディ大統領暗殺後、ニューヨークの人々がメーンコンコースを埋め尽くし、葬儀の中継を見ながら共に涙した様子もスライド展示されている。

LIRR東の拠点はいつ?

 グランドセントラル駅は、未来に向かってまだまだ進化する。ロングアイランド鉄道(LIRR)東の拠点が当面のプロジェクト。2007年に工事が始まり、サニーサイド→イーストリバー→63ストリート→レキシントン・アベニュー→グラセン、というルート。マンハッタン内のトンネル工事はすでに完了。メトロノースとぶつからないよう、駅構内西側がLIRRの縄張りだ。完成は延期に次ぐ延期で、予算も相当オーバーしている。2023年開通との触れ込みも怪しいものだ。しかし、これが完成すれば通勤事情は大幅に改善され、都市計画が転機を迎えることは間違いない。(佐々木香奈)

1975年、ジャッキーがグラセン保存運動に乗り出した時の新聞記事(バンダービルトホールの展示から)
「連邦最高裁、グラセン保存判決」の見出しの新聞記事(バンダービルトホールの展示から)
LIRR東の拠点は、メーンコンコースの西側。写真右側は、通行止めの仮の塀。2023年の開通なるか

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