2018/04/13発行 ジャピオン962号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今週は、20世紀初頭、今のグランドセントラル駅建設に向けての、一人のエンジニアによる壮大な構想を振り返る。

グランドセントラル駅❻

グランドセントラル駅❻

ニューヨーク・セントラル鉄道のエンジニア、ウィリアム・ウィルガスは、その大胆な「新駅構想」の中でまず、ハーレムラインのホワイトプレーンズまでの23マイルと、ハドソンラインのクロトンまでの33マイルの線路を電化することを提案した。

電化はもはや時代の流れ

理由の一つは、ニューヨーク市周辺の急激な人口増加だ。当然、短距離の通勤列車の需要が増す。発車時の加速に時間がかかる蒸気やディーゼル機関車はもともと、一度発車したらしばらく止まらない長距離旅行向け。迅速に加速する電車の方が、短距離通勤列車には適している。燃料要らずで排気もない。トンネル内での運行にも適し、しかも安全で管理も楽だ。

ただ、当時グランドセントラル駅に乗り入れていた鉄道3社の運行便は、まだ客車より貨物車が主流だった。少数の客車のために多額の予算を投じて電化する必要があるのかという反論もあった。しかしウィルガスは、郊外人口がこれからも増え続けることをはっきりと見越していた。そのためには、電化は必須だったのだ。

一方で、鉄道の電化技術そのものは、実はボルティモア&オハイオ社によって1895年には示され、実用化されていた。もはや電化は時代の流れだった。

旧駅舎全壊・新駅舎建設が始まったのは1904年5月1日だ。そして驚くべきことに、ニューヨーク・セントラル鉄道による「電車」の運行は、新駅舎の完成を待たずして1906年10月には開始されている。駅舎の工事中、敷地の東半分に臨時の駅舎を設け、そこを拠点に電化した鉄道システムの運行を開始したのだ。前年の1905年、ニューヨーク州政府が蒸気・ディーゼル機関車の危険性を指摘し、全面廃止する方向を示したことが、結果的に電化を後押しする形となった。

世紀の大基礎工事

グランドセントラル駅の基礎工事は、今に至るもニューヨーク史上最大規模だ。駅舎を支える基礎もさることながら、元からある地下トンネルに加えて、乗り場(トラック)を地下二層構造にするためには、追加で岩盤を発掘しなければならなかった。

ご存じのようにマンハッタンは岩の塊。崩す=爆破だ。しかも、路上交通を遮らずして、崩した岩を同時に運び出さなければならない。いくら当時とはいえ、マンハッタンのど真ん中という立地上、これは困難を極めた。現代のように大型トラックがあるわけではない。ウィルガスは運び出し専用の臨時線路を敷き、これに対応した。

1913年の駅完成まで、要した年月は9年。名前も、「ステーション」から「ターミナル」と改名された。 (佐々木香奈)

巨大な建築物の基礎と骨格は鋼鉄。これだけの建物を支える基礎工事はニューヨーク史上最大規模
昔ながらの時刻掲示板。切符売り場の窓口周辺を含め、駅構内の壁に施されているのは大理石
駅構内に映画館があった時代も。レキシントンに抜ける北側通路にあるワイン店天井にはその頃の名残が

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