2018/03/09発行 ジャピオン957号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今週はニューヨークの鉄道の歴史と、初期の駅事情、鉄道王バンダービルトの台頭について。

グランドセントラル駅❷

 1800年代、アメリカで最初に発達した公共交通機関が鉄道だ。グランドセントラル駅の歴史を語る前に、まずこの街の鉄道の歴史をザクっと振り返ってみよう。

線路の馬引き列車?

 アメリカで初めて蒸気機関車が走ったのは1830年だ。その2年後、ニューヨーク・アンド・ハーレム鉄道がマンハッタン初の駅を、今のセンターストリートと市庁舎近くに開設している。歴史書「GrandCentral Station: The History of New YorkCity’sFamous RailroadTerminal」(チャールズ・リバー・エディターズ編・刊)によると、当初の蒸気機関車は14ストリート辺りまでは蒸気で走り、それ以北は線路に乗せた車両を、なんと馬が引いていたという。車両は今のような大きく細長い箱型ではなく、馬車の荷台ほどの大きさだった。砂利道の代わりに線路を走る馬車とは…。交通文明の過渡期の様子がうかがえる記録だ。

 続いて1857年には、今のマディソンスクエアガーデンの場所に新たな駅、ニューヨーク・デポが開設される。ほどなく南北戦争(1861〜65年)が起こると、毎日のようにここから兵士が戦地に出向き、戦地からは負傷兵がここに戻ってきたものだという。

歴史的に私営・官民共同バンダービルト全盛期

 この頃になると、蒸気船で起業した実業家コーネリアス・バンダービルトが全盛期を迎えていた。ニューヨーク・アンド・ハーレム鉄道、ハドソン・リバー鉄道、ニューヨーク・セントラル鉄道は全てバンタービルトの管理下にあった。

 ただ、これら三つの鉄道会社がそれぞれに拠点駅を持っていたため、混乱を極めていたという。駅を間違えて汽車に乗り遅れる旅行者が後を絶たず、預かり荷物もしょっちゅう間違った駅に運ばれる始末。この苦情山積の駅事情を改善するため、バンダービルトは3駅を一カ所に集めようと思い立つ。

 財に物を言わせ、42〜48ストリート、レキシントン〜マディソンアベニュー間に建設したのが、グランドセントラル駅の前身、グランドセントラル・デポだ。

 建築家ジョン・スヌックがデザインした駅舎は、42ストリート沿いを底辺に、今のバンダービルトアベニュー沿いに南北に長いL字型。42ストリート沿いの屋根にドーム型タワーが三つ乗った、ロシア風建築の優雅な建物だった。最も高いタワーは12階建て。三つのドーム型タワーがそれぞれ三つの鉄道会社の駅入り口だった。オープンは1871年10月。

 いかにも公益事業っぽいが、バンダービルトは純粋に、さらなる儲けを見込んでやっただけ。建設予定地に立っていた教会もあっさり破壊したため、「金儲け主義だ」と、地元住民の大反対に遭っている。(佐々木香奈)

1869年、グランドセントラル・デポ建設のため、バンダービルトが買い占めたエリア
現在のグランドセントラル駅の線路(track)は56本、グランドセントラル・デポのそれは12本だった
現在のグランドセントラル駅の構内。写真右手が42ストリート側

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