2018/02/16発行 ジャピオン954号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。1960年代、荒廃したパークスロープに移り住んだ若者たちが築いた規範は、今も生き続けている。

パークスロープ❼

 治安悪化でパークスロープの不動産価格は急落。例えば19世紀の由緒あるブラウンストーンが、1963年には1棟丸ごと3万22500ドルでたたき売りされている。買ったのはデザイナーと雑誌編集者の30代夫婦だとか。マンハッタンのけん騒を嫌う芸術や文芸志向の若者の間でこのエリアは「お買い得」と噂されるようになった。

 傷んだブラウンストーンを格安で購入して日曜大工で改装し、美しさを蘇らせる趣味も登場。73年にはその専門誌も発刊された。とはいえ、同年、5アベニューではプエルトリコ系対イタリア系住民の激しい人種暴動が起きている。創造と激動が背中合わせの時代だった。

消費者革命

 73年といえば、ベトナム戦争が泥沼化し、ワシントンはウォーターゲート事件で大激震。第4次中東戦争が始まり、最初のオイルショックが起きた年。その年発足したのが、会員制の共同購入組合パークスロープ・フード・コープだ。「当時は若者を中心に国家や権威に対する不信感が強く、反政府運動、反差別運動、女性解放運動、自然保護運動…などあらゆる運動が沸き起こっていました」と話すのは創設メンバーの一人ジョー・ホルツさん。

 「そんな中で、大企業が作る食品や大量生産の農産物に疑問を感じたのがきっかけです。もっとおいしくて安全な食べ物を口にしたかった。でも、みんなお金がなかった」。そこで創造力と変革のパワーでホルツさんたちが編み出したソリューションが、会員による労働ボランティア。

 「食料品店で最も大きな経費は店員の人件費です。店員を雇用する代わりに会員が、仕入れや在庫管理、レジ打ちなどを引き受ける。コストを抑えた分、近郊産の新鮮な野菜や肉を手頃な値段で会員のみに提供する。これが独自のシステムです」とホルツさん。

働く喜び

 ユニオンストリート782番地の古いビルがフードコープ唯一の店舗だ。入り口では厳しいチェックがあり、会員以外は利用できないが、誰でも会員になれる。創設メンバー10人で始まった同団体は、今や会員数1万7000人の大組織に。会員は、綿密な作業スケジュールに従って4週間に1回2時間45分の労働力の提供を義務付けられている。狭い店内だが私服の会員たちが喜々として作業に勤しんでいる。お客さんも全員が店員経験者だから、気軽に声を掛け合い楽しそうに買い物をしている。「落ち込んだ時、ここで働くと自分を取り戻せるの」と若い会員は話した。

 みんなで手を汚し、汗をかいて、苦労した末に良質な食べ物を安価に手に入れる…。反骨世代が築いた共同精神はこの街の貴重な財産だ。(中村英雄)

ユニオンストリート782番地にあるフードコーポ。コカコーラなど大資本の食品は売っていない
会員は店舗スタッフとしてボランティアするのが決まり。働いた人だけに「良品を買う」権利が与えられる
創設メンバーで今も世話役を務めるジョー・ホルツさん。最大の課題は世代を超えた会員構成作りとか

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