2018/01/26発行 ジャピオン951号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今回はパークスロープ北部に集中する豪邸を巡りながら、上り調子の19世紀末ニューヨークを体感してみよう。

パークスロープ❹

 1867年、ブルックリンでは市民公園プロスペクトパークが開園。ほどなく公園の西側のなだらかな傾斜地に、マンハッタンで成功したお金持ちがこぞって邸宅を建て始める。90年代にはそこに「パークスロープ」という呼び名がつく。

 開発は、公園に近い北から始まった。ニューヨークの住宅街の成長パターンの常で、まず一等地に富裕層や成功者の邸宅ができる。

必見!お屋敷巡り

 代表格はプレジデントストリート869番地の旧ウッドフォード邸。ウッドフォードはリンカーン政権下の法務副大臣を務めた後、下院議員やスペイン大使としても活躍した政治家で、私邸(85年竣工)の設計を、ヘンリー・エイヴリーに任せた。一階の窓にアーチをあしらい、2階は三角形の木枠張り出し窓にするなど当時流行の「アート風ハウス」のスタイル。

 プロスペクトパーク・ウェストと1ストリートの角に立つ屋敷は旧ヘンリー・ハルバート邸(89年竣工)。リチャードソン風ロマネスクという様式のお城のような住宅の設計者は、モントローズ・モリス。この人は、後年、パークスロープ周辺で数多くの集合住宅も手掛けている。今も8アベニューとモンゴメリープレースの角に残るアパートは彼の作品。一戸建て、集合住宅ともに、大仰でぜいたくな作りがモリスの特徴だ。

 プロスペクトパーク・ウェストはマンハッタンで言えば、アッパーイーストサイドの5番街かセントラルパーク・ウェストに匹敵する高級ストリート。それだけに邸宅はさまざまなスタイルを競い合った。中でも注目はブルックリンを代表する建築家ウィリアム・タビー設計による旧ウィリアム・H・チャイルズ邸(1901年竣工)。英国のジャコビアン様式にのっとったファサードはひときわ目を引く。

紳士の社交場

 豪邸が並べば自然とコミュニティーができる。1889年には、エリアの名士25人の発起で紳士の社交場モントーク・クラブが創立した。2年後にクラブハウスが8アベニューとリンカーンプレースの角にできる。5階建ての堂々たる「会館」で、設計はフランシス・キンボール。茶色の砂岩石材と茶、橙、赤の3種のれんがを使い分けて、建物表面に独特の淡い色合いを作った他、デザイン的には、得意のべネチア様式を最大限に駆使して、大層、見栄えのする建築物となった。

 19世紀末から20世紀初頭にかけてニューヨークで絶大な影響力を持ったこの手のクラブでは、「女人禁制」が常だったが、ここに限っては、メンバーに食事時の夫人帯同が許されていた。ただし、女性は専用の食堂直結ドアからこっそり入館したというから、今では想像もつかない価値観が、パークスロープにもあったわけだ。(中村英雄)

旧ウッドフォード邸(1885年竣工)は当時としては最新の洗練されたデザイン
形の違う二つの屋根が印象的な旧ハルバート邸(1889年竣工)
パークスロープの上流階級の社交場だったモントーク・クラブの旧クラブハウス(1901年竣工)

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