2017/12/08発行 ジャピオン945号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。アメリカの交通機関の歴史に照らし合わせながら、ジャマイカでのロングアイランド鉄道の発展を振り返る。

ジャマイカ❻

鉄道文化花咲く20世紀

 1800年代、まだ馬車が交通の主流だった時代に、アメリカ人は道路整備より先に線路を敷こうと試みた。アメリカで初めて蒸気機関車が走ったのは1830年だ。その2年後、ブルックリン&ジャマイカ鉄道が創設され、その名の通りブルックリンからジャマイカまでの線路工事が始まった。さらに2年後、列車運行権がロングアイランド鉄道(LIRR)に委ねられ、最初の列車が走ったのは1836年だ。

 このように、LIRRの歴史は200年近い。今ある形で発展を見せたのは、ペンシルベニア鉄道が大株主となった1900年からだ。以来20世紀半ばにかけて、アメリカの鉄道文化が大きな花を咲かせると、その波に乗ってLIRRも成長していった。

 ちなみにそのころのアメリカの交通はどんなものだったろう。1900年には自動車の大量生産がすでに始まっていたし、1903年にはライト兄弟が初めて飛行機を飛ばした。しかし、当時はまだ車も飛行機も、機能的・経済的に実用化には程遠かったのだ。

 人々の移動手段はもっぱら列車となり、全米の鉄道会社は大儲け。その利潤でぜいたくな駅舎が建設されていった。ニューヨーク市周辺もしかり。LIRRがフラットブッシュアベニュー・ターミナル(今のアトランティック・ターミナル)を、ペンシルベニア鉄道が今の場所にペンシルベニア駅を、そしてニューヨーク・セントラル鉄道がグランドセントラル駅を開設したのも1900年初頭だ。

ジャマイカとLIRR

 LIRRに乗ると、「ジャマイカで乗り換えてください」と車内放送で繰り返し聞くことになる。実際ジャマイカは、LIRRのハブ=中継駅として、全ての路線をつないでいる(唯一ポートワシントン線は例外)。「全ての道(線路)はジャマイカに続く」のである。

 本社ビルがあるのもジャマイカだ。駅に隣接して、サットフィンブルバードとアーチャーアベニューの角に立つ。5階建てビルは1912〜13年にかけて建設されたもの。1836年の初運行時のオリジナル本社ビルと駅舎は、今より1キロほど東にあった。

 利用者が増えるとともに、土地を追加買収し線路を増設、1903年には乗り場が30にまで増えていたが、それでも手狭だったため、さらなる線路拡張と本社ビルの増築が必要だった。ところが、南北をプロスペクト墓地と住宅街に挟まれた位置では、それ以上の拡張が無理だったため、今の場所に移されたという経緯がある。

  この本社ビルはLIRR全路線の中枢神経だ。運行管理センターとして、全便・全路線における電気系統の整備・管理と運行管理がここで行われている。(佐々木香奈)

グーグルマップの衛星画像によるLIRRジャマイカ駅
LIRR本社ビル。1912〜13年築。SutphinBlvd.とArcher Ave.の角に立つ

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