2017/09/22発行 ジャピオン934号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。最南端から始めたハイライン散策。3回目はチェルシーマーケット辺りまで北上して、かつての工場の面影を慕う。

ハイライン❹

 オレオ・クッキー誕生の地である旧ナビスコ本社を後にして北上すると、高架線から斜め左、冷蔵倉庫ビル辺りから短い支線が分岐している。立ち入りはできないが、雑草に覆われた姿は、1980年以来30年間放置されていた廃線の様子を今に伝える。

アベニューを俯瞰する

 ちょうど支線と同じ角度で本線も斜めに折れ10アベニューを越える。ここがガラス張りになっていて、道ゆく車の流れを眼下に俯瞰(ふかん)できる。マンハッタンでもなかなか珍しいアングルだ。今まで10アベニューの東側を並走していたハイラインは、ここ(17ストリート)から西側を走ることになる。両脇の茂みは濃度を増し、まるで森の小道を歩いているような気分だ。

 20ストリート辺りで右手に見える古いれんが造りの建物は「ハイラインホテル」だ。1817年創立の英国国教会の神学校「ジェネラル・セオロジカル・セミナリー」の学生寮を改装して、2013年にオープンした。20ストリートの昇降口でハイラインを一旦降りてひやかしてみるといい。ニューヨークらしからぬ神聖な玄関をくぐれば、ルノワールの絵に出てきそうなガーデンが迎える。チェルシーとは思えないヨーロッパ的な印象だ。

 神学校だったのだから当然、館内は装飾を廃し、静ひつな雰囲気が漂う。カフェから流れてくるエスプレッソコーヒーの香りが、訪れる人々を失われた時へと誘う。

昔は神学校、今はホテル

 同セミナリーは、アメリカでも最も歴史ある英国国教会系の神学校の一つで、その最盛期は19世紀。1878年に、当時、神学界の不動産王(?)と呼ばれていたユージン・オーガスタス・ホフマンが学長に就任すると、講堂や寄宿舎を大々的に増築し、英国のオックフォード大学も顔負けの美しいキャンパスを完成させた。

 第二次世界大戦後は、男女共学となり、開かれた神学校として、地味ながら貴重な研究活動を展開していた。しかし、20世紀後半になると神学を専攻する学生の数も減り、学校は経営難に陥る。そして2007年には、講堂の一部を一般住宅に改装して売却。それでも借金が減らず、さらなる校舎の切り売りが必要となり、その結果、「ハイラインホテル」が誕生した。

 気になる客室は、ナチュラルなリネンと主張し過ぎない壁紙で統一され、ベッドサイドにはビンテージのダイアル式電話。バスルームも20世紀初頭を思わせる品のいいレトロ調だ。

 四つ星のブティックホテルなのでそこそこ値段は張るが、初秋の週末にハイラインで遊んだ後に、大事な人とひっそり泊まってみるのも一興かもしれない。(中村英雄)

17ストリート辺りで10アベニューを斜め渡るハイライン。ガラス張りの展望台になっている
展望台から見た10アベニューの眺め。この高さで通りの真上から写真が撮れる場所は他にない
神学校の寄宿舎を改装して2013年にオープンしたハイラインホテル。意外と知られていない大都会の隠れ宿

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