2017/08/04発行 ジャピオン927号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今週から数回は、キップスベイの代名詞とも言える「病院街」の歴史を振り返る。最古は他ならぬベルビュー病院。

キップスベイ❺

 キップスベイ東端は、「ホスピタルロー(病院通り)」、「ベッドパンアリー(病床路地)」などと呼ばれる。1アベニューとFDRの間、23~34ストリートには、NYU、ベルビュー、退役軍人専用ホスピタルと、三つの総合病院が南北一直線に並ぶ。その他、看護学校やNYU歯科学校、ハンターカレッジのヘルス・サイエンス学舎など、あらゆる医療・教育機関が密集する。

市営ベルビュー病院

 2016年、市営ベルビュー病院は創設280年を祝った。1736年3月31日オープンの、アメリカ植民地時代からの病院であり、公共医療機関としても全米最大の規模。創設当初は現在のダウンタウン、シティーホール(市役所)が立つ場所にあった。

 「公共」という性質上、現在患者の8割が医療保険を持たない貧困層だ。世話になった日本人も少なくないだろう。イメージアップの目的もあり、2015年正式名が「NYCヘルス+ホスピタルズ/ベルビュー」に変更されたが、ここではとりあえず「ベルビュー病院」と呼ぶことにする。

 今の場所に移ったのは、1800年代初頭だ。独立戦争終結から15年後の1798年、市がキップスベイにあった「ベルビュー(Belle Vue)・ファーム」を買収し、当時はやった黄熱病患者の隔離施設を建設。それが現在のベルビュー病院の前身だ。

 1811年、ニューヨーク市が碁盤の目都市開発を実施した際、1アベニューが地図に組み込まれたのは、すでにここにベルビュー病院が存在したためだったという。

 NYU医学学校との提携はすでに100年以上になり、現在多くのNYUからの研修医がベルビュー病院で働いている。

米医療の歩みとともに

 今でこそ貧困層の駆け込み寺医療機関のイメージが強いが、ベルビュー病院の長い歴史は、そのままアメリカの医療の歴史でもある。ベルビュー病院の「米初」リストは凄まじい。

 提携病院であるNYUランゴーン・メディカルセンターによると、ベルビューは創設とともに米初の教育病院(ティーチングホスピタル)となり、1799年には米初の産科病棟を作った。その他、以下のような「米初」がある。

 大腿動脈をつなぐ手術(1808年)、病院の医師による死亡の告知(1819年)、皮下注射の使用(1856年)、帝王切開の実施(1867年)、小児診療所の開設(1874年)、病理学講座の開設(1878年)、男性看護師養成所の開設(1888年)、腹部銃創の開腹手術成功(1894年)などなど。1900年代の「米初」まで入れるとキリがない。

 1861年には「Ladies Central Relief Committee」を組織。これがのちの赤十字となる。(佐々木香奈)

1アベニュー沿い、26~28ストリートを占めるベルビュー病院。創設はアメリカ植民地時代までさかのぼる
1アベニュー沿い、30~34ストリートを占めるNYUランゴーン・メディカルセンター。ベルビューとは提携関係

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