2017/07/21発行 ジャピオン925号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今回は、キップスベイの謎の一つ、ローズヒル・ヒストリックハウスの歴史を探る。まずはその前編。

キップスベイ❸

 29ストリートの2&3アベニューの間にある木造タウンハウス「ローズヒル・ヒストリックハウス」。そもそも「ローズヒル」というのは、18~19世紀のこの辺りの地名だ。あえて今の地図から場所を説明するなら、北はマーレーヒル、西をグラマシー、東をキップスベイに囲まれた、東25~30ストリート界わい。今となっては、キップスベイに完全に飲み込まれた形で存在する。

ランドマークにあらず

 「ローズヒル・ヒストリックハウス」が、国の史跡指定建造物(National Register of Historic Places)となったのは1982年。いまだに「歴史的建造物(ランドマーク)」に指定されないのは、建築年数が不明だから。ゆえに現在も個人所有で、一般公開されていない。

 調べた限りでだが、2012年7月の時点で、上層階の3寝室アパートが月6000ドルの家賃でストリートイージー(不動産ウェブサイト)にリストアップされていたのが、最も新しい記録だ。この謎の家屋について、ニューヨークタイムズ紙の記者クリストファー・グレイが06年、その歴史を徹底的に調査して記事にしている。

年齢不詳のシャイな家

 「年齢を明かしたがらないシャイな家」と題したグレイの記事によると、今の東21~30ストリート一帯の土地を、スコットランドからの入植者、ジョン・ワッツが購入したのが1747年。故郷のエジンバラにある地名にちなみ、「ローズヒル・ファーム」と命名。敷地内にファームハウスを建て、農場を営んだ。

 しかし、独立戦争(1775~85年)を前後して、あからさまな英軍びいきだったワッツはこの土地の権利を剥奪され、ニューヨークから姿を消す。1786年には所有者がニコラス・クルーガーに移っている。

 さて、ワッツが建てたローズヒルの家屋は、1779年に焼け落ちたはずだが、このあたりからの事実関係が怪しい。戦中・戦後のどさくさもあろう。1780年以降の土地登記書類には、焼けたはずの家屋が立っていることになっているのだ。

 1811年になると、碁盤の目に区切られたマンハッタン独特の都市開発が始まり、この一帯もブロックごとに細かいロット(区画)に区切られていく。当時の記録によると、クルーガーが所有していたロット(今ローズヒル・ヒストリックハウスが立つ場所)は、奥行き24フィート(約7・5メートル)と規格外の浅さだったという。このことからグレイは、「別の場所にあった(焼けずに残ったワッツの)ファームハウスを家ごとここに移動するための区画だったのではないか」という仮説を立てている。この説が正しければ、この家は現在築後想定260年ということになる。が、グレイが調べていくうちに、さらなる疑問が浮かび上がってくる—。(佐々木香奈)

周りのビルよりひときわ小さい「ローズヒル・ヒストリックハウス」(203 E. 29th St.)
「National Register of Historic Places」指定ではあるが、「Landmark」指定ではない

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