2014/10/24発行 ジャピオン785号掲載記事

この街に住みたい

リンカーンセンター周辺❸

若き才能がしのぎを削る街

 メトロポリタン歌劇場をはじめ世界的な名劇場が集まるリンカーンセンターの周辺には、音楽や舞台芸術を専門に教える名門校が2校ある。ジュリアード音楽院とフィオレロ・H・ラガーディア音楽美術演劇高校(通称「ラガーディア高校」)だ。

 比較的知られていない後者からご紹介しよう。リンカーンセンターの敷地を出て西側へ歩くとアムステルダム通りを隔てた向かいに同校のモダンな校舎がそびえている。生徒数2700余り。1936年、当時の市長ラガーディアの肝入りで開校した「音楽美術高校」が母体。戦後に演劇やダンスの専門校と合併し、長らく46丁目に校舎があった。ニューヨーク市が運営する公立校なのでさまざまな階層から才能溢れる生徒たちが結集して、日々レッスンに励んでいる。

 卒業生のリストを見ると女優のジェニファー・アニストン(テレビドラマ『フレンズ』)、映画俳優のウェズリー・スナイプス(『ブレイド』)、ローレンス・フィッシュバーン(『マトリックス』シリーズ)、歌手のスザンヌ・ヴェガやニッキー・ミナジまで有名人がぞろぞろ。

 そんなスターを夢見る生徒たちの人間模様は80年の映画『フェーム』(監督アラン・パーカー)のモデルになった。テレビドラマ化されてさらに人気が出た『フェーム』の登場人物たちは、リアルな魅力に満ちていた。イタリア系の音楽専攻生は父親との確執に悩み、才能があるのに無手勝流のアフリカ系ダンサーはどうしても周囲とうまくいかない。みんな人種やジェンダーの悩みを抱えながら、お互いに愛し合い傷つき合い、ひのき舞台へのオーディションを受け続ける。これが、日本でも大いに受けた。いまだに根強い「本場ニューヨークに演劇やダンスの勉強に行く」という夢の原型は『フェーム』にあるのではなかろうか?

 世界中の憧れの的となったこの専門高校が、現住所に移転したのは『フェーム』フィーバーの真っただ中、84年のことだった。残念ながら、映画に出てくる、生徒がストリートに溢れ出してタクシーの上で踊るという光景は今も昔も見られない。現実はもっと厳しいのである。

 例えば、以前、筆者が取材したゴスペル専攻クラスでは、授業の一環として市内各所のホテルのイベントに出向き、外国人客の前で日頃の練習の成果披露を課していた。

 朝、7時に教室集合。生徒の大多数はアフリカ系アメリカ人。歌詞をいっさい発せず唇の振動だけでやおら音程を取り始める生徒たちの背後
から、大柄の男性教師の怒号が飛ぶ。「アルト!低いぞ。ソプラノ、もっと強く!バスが全然聴こえない!」。教師の興奮と情熱が生徒に伝わり教室中に異様な熱気が充満してきたところで先生一声。「ようし、♪オーハッピーデイ~」。その瞬間、30人ほどの生徒がフルボイスでゴスペルを歌い上げる。『フェーム』のあの感動がよみがえった。

一流アーティストの登竜門名門ジュリアード

 もう一つのアーティスト養成機関は日本でも有名な「ジュリアード音楽院」。リンカーンセンターからは65丁目を挟んで向かい側にある。ヨーヨーマをはじめ数多くの一流音楽家を輩出してきた。05年創立。音楽修行というとヨーロッパ一辺倒だった当時、アメリカ初の本格的な「音楽院」を目指した。ジュリアードとは、26年に巨額の遺産を寄付した資産家オーガスタス・D・ジュリアード(服飾業で成功)のこと。校舎が現住所に移ったのは69年だが、日本人ピアニスト中村紘子は60年に同校に、日本人初の全額奨学金で留学している。また、同校では才能のある子供なら小中高校生でも指導するシステムがあり、バイオリニストの五嶋みどりは弱冠10歳にして同校入学を果たしている。

 天才育成機関みたいで敷居の高いジュリアード音楽院だが、実は毎日のように学生の一般公開演奏会が行われている。中には「チケット無料」のコンサートもあるので、世界中から集まってくる天才の中から未来のマエストロを見つけたい人は是非、足を運ぶといい。
(中村英雄)

リンカーンセンターの敷地内に建つジュリアード音楽院には楽器を抱えた学生がひっきりなしに出入りする。学生による一般公開コンサートも頻繁に行われている。
1960年築のジュリアード音楽院の校舎は2009年に大改築が行われ、デザインにはDillerScofidio + Renfroがあたった。
ラガーディア高校は、州から特別助成金を受ける、数少ない英才教育の公立高校の一つ。

映画『フェーム』(1980年)

ラガーディア高校を舞台に、ダンサー、歌手、役者を目指し、スターを夢見る高校生たちの奮闘を描く青春ドラマ。ハイレベルな歌とダンスが見もの。1970年代後半の芸術学生のファッションや、ニューヨークの街並みも楽しめる。ココ役のアイリーン・キャラが歌った主題歌は、世界中でヒットするとともに、アカデミー歌曲賞を受賞。2009年にリメーク版が公開された。

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