2017/06/16発行 ジャピオン918号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。1960年代、市公園局長モーゼスの野望は、高速道路をソーホーに走らせること。住民は抵抗した。

ソーホー❼

 ロバート・モーゼス局長の強引な都市改造計画は、所々で歪(ゆが)みを生む。スラム住民を強制的に移住させた高層集合住宅はたちまち荒廃し、夢の(?)高速道路はマイカーで常に渋滞。そんなモーゼス流に真っ向から異議を唱えたのが、ジャーナリストのジェーン・ジェイコブスだ。一貫して住民の立場から「大都市は人種や経済力が異なる多彩な人間が隣り合わせに暮らす場所。ビルも新旧混在で建つべき」と主張した。対して「クルマ中心の合理的な街並みこそが近代の証」と譲らないモーゼス。二人の対立は、ドキュメンタリー映画「市民ジェーン」(2016年、マット・タイラナー監督)に詳しい。

「何だ? あのババァたち」

 発端は52年。モーゼスは、五番街がワシントンスクエアを貫通して南に延びる計画を提案した。ジェイコブスは住民運動を組織して59年にこれを阻止。この経験を踏まえ「住民のための都市」という考え方を理論化したジェイコブスは61年に「アメリカ大都市の死と生」を出版し、ベストセラーとなる。

 モーゼスは同書を「科学的根拠ゼロ。リベラルかぶれの悪書」と一蹴。同年、ジェイコブス自身が居住するグリニッジビレッジの古い一角をスラム呼ばわりし、狙い撃ちにした再開発計画をぶち上げる。ジェイコブスは近隣の主婦たちと組んで激しい反対運動を展開。市長に直接掛け合い、計画を白紙に追い込む。それまで住民対策で「連勝」していたモーゼスは、吐き捨てた。「何なんだ? あのババァたちは」

力づくでLOMEX廃案

 62年にモーゼスが抜き打ちでローアーマンハッタン高速道路(LOMEX)の工事を始めると、ジェイコブスは速やかに合同反対委員会を組織し、デモ隊の先頭に立ち、モーゼスを糾弾。一方、メディアも経済界も味方につけたモーゼス陣営は、着工寸前までこぎつけるが、計画の変更や修正で時間を取られる。

 業を煮やした市交通局は急きょ公聴会を開いて住民の承認を取り付けようと画策した。だが逆にジェイコブスら反対派が大挙して同会を占拠。「ウィ・ウォント・ジェーン」のシュプレヒコールに応えてマイクを握ったジェイコブスは「一度に2000世帯も立ち退かせる行政を許せる?」と傍聴席に呼び掛け、速記者の議事録を引きちぎり、公聴会の記録を「なかったこと」にしてしまった。

 会場は騒然。警官が出動、ジェイコブスは不法妨害で逮捕される。だが、翌日の新聞が一面に大見出しで事件を報じたため、世論は一気にジェイコブスと住民に同調した。これを契機にモーゼス側は急速に力を失い、LOMEX計画は72年に廃止された。(中村英雄)

マンハッタン橋の大門。LOMEXが直結していたら、この荘厳な建築物も取り壊されていたかもしれない
ホランドトンネル入り口。ブルックリンとニュージャージーをLOMEXで一気につなぐのがモーゼスの悲願だった
グリニッジビレッジで上映中のドキュメンタリー「市民ジェーン」。人類にとって都市化とは何かを考えさせられる

バックナンバー

NYジャピオン 1分動画