2017/06/02発行 ジャピオン918号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。第5回目は、このエリアの繁栄の陰で蠢(うごめ)いていたもう一つの歴史に心寄せながら街歩きしてみる。

ソーホー❺

NYいちの繁華街

 1850年代を境に、ソーホー周辺は一大繁華街に成長した。特に、65年に南北戦争が終結すると、米国の工業化が本格化したため、鉄鋼、鉄道、通信、石油、鉱工業などで財を成した富裕層が湯水のようにこのエリアにお金を注ぎ込み、海外からの商売人も押し寄せた。ブロードウェーを中心に、一流ホテルや劇場、コンサートホールが軒を並べ、ティファニー、ロード&テイラー、ブルックスブラザーズなどの高級店がこぞって出店をした。昼間はファッション感覚あふれる若者が街を闊歩(かっぽ)…と書くと「今と同じじゃないか!」と考える読者も多いかと思うが、そこは19世紀。思想も科学技術も価値観も全く違う世界である。夕暮れて街灯がともる頃には、一帯は夜化粧をするかのように顔を変えた。

全く違う夜の顔

 19世紀半ばから20世紀初頭にかけてソーホーは市内で、いや世界最大の売春地帯だった。ティモシー・ギルフォイル著「City of Eros: New York City, Prostitution, and the Commercialization of Sex, 1790-1920」という本に詳しい。タイトルこそ扇動的だが、シカゴの大学教授が徹底した史料研究に基づいて書いた良著で、今回は大いに参考にした。

 19世紀当時、売春は違法だったが、賄賂で骨抜きにされていた警察の監視は緩く、同書によると1865年の売春による年間売り上げは635万ドル!67年には市内に2万5000人もの売春婦の存在(若い女性の5人に1人)が記録されており、500軒以上も売春宿があったというから、これは一大産業である。

 特に、ソーホーに、その40%が集中。「草の葉」で有名な大詩人ウォルト・ホイットマン(1819〜92年)は、こう書いている。「ハウストンとフルトンの間のブロードウェーの西側の歩道は街娼で立すいの余地もない。他でも十分に幸せになれそうな秀麗な女性が多いのには驚いた」

ポケットに便利帳

 看板も出てないので男性たちは「紳士の便利帳」と題するポケット本(1870年発刊。著者出版社不明)を頼りに「お店」を探し歩いた。この貴重な元祖「風俗店情報」はニューヨーク歴史協会が収蔵しており閲覧が可能。取材してきたので、中身を少しだけ紹介。

 「西ハウストンストリート84番地の同店はエマ・ベネディクト嬢の経営。8人の住み込み女性が貴方をお迎えする高級店 。おもてなしは一流。天使の肢体に小悪魔みたいな誘惑の微笑み。真心込もったサービスは、シルクドレスの上流お嬢さまも顔負け」

 「♥︎」の絵文字でも付けたら、今も昔も同じ!?ああ、煩悩に改善なし。人類は本当に進歩しているのだろうか?(中村英雄)

売春宿はマーサーストリートなど裏通りに集中。入り口が分かりにくかったため「便利帳」が役に立った
マーサーストリート105番地に残る元娼館。現存する売春宿の建物としては最も古い
「TheGentleman’sDirectry(紳士の便利帳)」。1870年刊。男たちは内ポケットに忍ばせていた(?)

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