2017/05/26発行 ジャピオン917号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。ソーホーの4回目は、キャストアイアン建築を見ながら散策。合言葉は、文字通り「上を向いて歩こう」。

ソーホー❹

ビルを支える鋳物の鉄

 ソーホーには石畳と共に19世紀から変わらぬ景色がある。ヨーロッパ風の装飾が美しい5~6階建の低層建築だ。通称「キャストアイアン(鋳鉄)ビル」。18世紀末、英国で開発された鋳鉄技術は、コスパが非常に良く、1820年頃から都市化が著しい米国でもてはやされた。建築業界でも、当初は装飾用に導入され、その頑強さゆえに構造用支持材に使われるようになる。レンガを手で積んで作っていた壁が不要となり、多層階のビルが短い工期と少ない労働力で建てられた。

 特にファサード(ビルの正面)に、大きなガラス窓を設置でき、採光が抜群に良くなった。まだ鯨油ランプが全盛で、工場の操業も日中限定の時代。少しでも明るい職場は生産性の向上につながる。ソーホーかいわいのキャストアイアンビルにアパレルや食品の工場が続々と移ってきた。

 1850年代からおよそ30年間、鋼鉄の導入でさらなる高層化が始まるまで、ニューヨークのビルの主役はキャストアイアン。駅もデパートも工場も鋳鉄の柱が支えていた。ほとんどが20世紀に取り壊されたが、ソーホーだけは、1973年に歴史保護地区指定を受け再開発を免れた。

限りなく石に近い鋳鉄

 現在、同地区26ブロックに139棟のキャストアイアンが残っている。先回、下を向いて歩いた石畳の街路に面して建つビルの大多数がキャストアイアンだ。必見は、ブロードウェーとブルームストリートの角にあるホウグワートビル(1856年)。ギリシャ風の柱列や屋根から張り出した装飾は一見、石彫に見えるが鋳鉄製。自由に形を変えられるので、支柱自体のデザインを楽しんでいるのが特徴だ。同ビルの場合ファザードだけでなく側面も鋳鉄とガラス製。鉄骨建築の原点のような建物だ。ちなみに、ここには米国史上初の人間運搬用エレベーターが設置されたそうだ。

 ホウグワートの向かいに建つガンサービル(1871年)も見た目はフランス風の重厚な石造りだが、やはり鋳鉄製。グリーンストリート72番地のクリーム色のビル(72年)に至っては、柱列だけでなく最上階にも注目。丁寧にギリシャ風の破風が付いている。対照的なのが、ブロードウェー478番地の白いビル(74年)。今はブティックが入っているが、自由の女神の台座をデザインしたリチャード・ハントの作品。清楚なデザインが当時から高評価だった。

 キャストアイアン建築の価値が本格的に見直されたのは1970年代以降。映画では「結婚しない女」(78)、「ニューヨークストーリー」(89)、「ゴースト」(90)、「運命の女」(2002)などでこの街並みが効果的に使われている。(中村英雄)

ソーホーで最も重要なキャストアイアン・ビルと謳われるホウグワートビル(1856年)。当初は大手食器店だった
有名建築家リチャード・ハントが設計したキャストアイアンビル(1874年)。ブロードウェー478番地
ギリシャ柱頭の石彫り装飾に見えるが、鋳物製。型を使った大量生産で驚くほど安上がりにできた

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