2017/05/19発行 ジャピオン916号掲載記事

この街に住みたい

 世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今週はソーホー名物の石畳に目を向けながら散策する。題して「下を向いて歩こう」。

ソーホー❸

敷石はベルギー生まれ

 19世紀の初頭、汚泥の沼「コレクトポンド」とその排水路(キャナル)が埋め立てられ、今のソーホーの基盤ができると、それ以前の貝殻を敷いただけの粗末な路面が、立派な敷石に取って代わられた。

 約20センチ×10センチで規格化された敷石は、花こう斑岩。通称ベルギー・ブロック。ベルギー南部のドイツ国境近くの産品で、その辺りは昔から石切が盛んだったそうだ。ニューヨークには船のバラスト用に持ち込まれたのが最初だが、ベルギー・ブロック敷設の理由はもっぱら馬車交通の改善にあった。敷石は馬のひづめの当たりがよく、坂道も登りやすい。結果、馬車のスピードが上がった。石畳は都市の高速化に、文字通り「拍車」を掛けたのだ。

歩くなら日曜の朝

 「石畳を駆け下りるだけで何だか楽しいご機嫌なフィーリング…」と歌ったのは、サイモン&ガーファンクル(「59丁目橋の歌」)だが、現在も、市内5区のあちこちに石畳の通りは残っている。その総計は60キロ近くになる。中でもソーホーは1973年に広範囲にわたって歴史保護地区に指定されたため、4本の平行に並ぶ石畳通りが南北5ブロックに渡って健在だ。西からウースター、グリーン、マーサー、(一本おいて)クロスビー。散歩するなら、この順番でハウストンストリートとキャナルストリートの間を縫うように往復すると面白い。日曜の午前中がおすすめだ。車が少ないので石畳の真ん中を闊歩(かっぽ)できる。そのポジションで友達に一枚撮ってもらえば、あなたもファッションモデル。

 それにしても路面が随分凸凹で敷石の配列も雑だ。そこら中で舗道の修復工事をしている。今の時代、石畳をニューヨークのような近代都市で維持するのには途方もないコストがかかるのだろう。見渡せば名だたる高級ブランド店ばかりなのもむべなるかな。

19世紀への入り口

 マーサーを南に下ってクロスビーで折り返す頃には、かなり息も上がる。もう石畳はたくさん、と弱音がこぼれる。そこを諦めずに、アデルの「チェイシング・ペーブメント」でも口ずさみながらハウストンを目指す。日本発のアウトドアウェア「スノー・ピークス」のショップからMoMAのギフトショップまでこの通りには気になる店が多い。だが必見はゴール目前、ジャージーストリートで右折して次のブロックの路面にあるマンホール。クロトン上水道の土管のふたである。この水道システムのおかげでニューヨーカーはようやく清潔な水が飲めるようになった。1842年のこと。時同じくしてソーホーの景色がガラリと変わった。次回は、そのお話を。(中村英雄)

ソーホーに残る美しい石畳の通りの一つマーサー・ストリート。ファッション写真撮影の定番スポット
修復現場に積まれた敷石。ベルギー産ではないが、素材は昔と同じ花こう斑岩。19世紀そのままに敷かれる
「CROTONAQUEDUCT」の文字が読めるマンホールのふた。ソーホーは水道もガス灯も完備していた

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