2017/05/12発行 ジャピオン915号掲載記事

この街に住みたい

 世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。先週に引き続き、今はなき古池「コレクトポンド」の面影を慕いつつエリアの古層を深堀してみる。

ソーホー❷

埋められた「お茶の水」

 厳密に言うとソーホーより少し南になるが、現在のセンターストリートとレナードストリートが交差する辺りにコレクトポンドがあった。湧き水が作った天然の池で、広さ19万平方メートル、水深18メートル。18世紀には、紅茶をいれる時に使う「おいしい水」として珍重されていた。日本で言う「お茶の水」。また魚釣りの名所で、休日は水面が小舟でいっぱいになり、にぎわったらしい。

 ところが人口が増えてくると、水辺に屠殺場や洗濯場が立ち並び、生活排水も容赦なく流れ込み、たちまちお茶の水は飲用禁止に。池全体が異臭を放ち、伝染病を媒介する蚊や害虫の温床となる。住民の我慢も限界に達し、市役所にはクレームが殺到。窮余の策で、当局は、池からハドソン川に至る人口運河を掘削。汚染水を大海に廃棄してしまおうという、どこかで聞いたような措置だが、あまり効果は上がらず、かえって運河周辺に悪臭と地盤沈下の拡散を招いた。

 結局、18世紀も終わり近くになると、「池も運河も埋めるしかない」との結論に達する。幸い(?)池の側には当時マンハッタン南部で最高峰のベイヤード山(標高34メートル)があった。これをガンガン切り崩し、その土砂で憎き古池と周囲の湿地帯を埋め立て、文字通り「臭いものにはフタ」をして、1813年に広大な新開地が出来上がった。その名もパラダイススクエア。「注目の新エリア。買うなら今!」。甘言に乗せられた無知の富裕層がこぞって移り住んできた。ソーホー開発の幕開けだ。

最後のフェデラル

 もちろん当初は高いビルも集合住宅もなく庭付きの一戸建てが大人しく立ち並んでいた。建築様式は流行のフェデラルスタイル。左右対称の無駄のないデザインで、縦長の窓や屋根窓が特徴的だ。しかし19世紀末、現在の街並みが完成した際に、同様式の建物はほとんどこの街から姿を消した。今はわずか数軒しか残っていない貴重なフェデラル家屋のうち2軒を足で探してみよう。

 一つはウェストブロードウェー235番地で1809年の建築。同エリアで最古のフェデラル物件だ。1階が有名な洋服ブランドのショップになっているので、すぐ見つかる。冷やかしついでに内部を見せてもらおう。極端に低い天井が当時を忍ばせる。

 もう一軒は、グリーンストリート139番地。1824年建築。両脇を隙間なくビルに挟まれたこの二階家は、幽霊の出そうな廃屋と化し、よほど注意していないと目に入らない。当然、立ち入り禁止。200年の歳月は、痛ましいほど現代の雑景に埋もれている。ただ建物の前の通りの石畳だけは、当時と変わらない。次回はその石畳を歩いてみたい。(中村英雄)

コレクトポンド公園にある銅版画(1798年)のレプリカ。のどかな田園風景とはうらはらに環境汚染が進行
ウェスト・ブロードウェー235番地(1809年建築)。一階はJクルーの高級セレクトショップ「リカーストア」
中央の赤レンガ住宅が、グリーンストリート139番地(1824年建築)。アーチ状の入り口と屋根窓が特徴的

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