2017/04/14発行 ジャピオン911号掲載記事

この街に住みたい

 世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。今回は、ジャクソンハイツの町づくりとガーデン•アパート構想を振り返る。

ジャクソンハイツ❻

 現在のジャクソンハイツの生みの親は、開発業者エドワード・アーチボルト・マクデューガルだ。1906年クイーンズボロ・コーポレーションを設立し、打ち立てた都市構想は「ガーデン・アパートメント」。イギリスで当時流行っていた「ガーデンシティー構想」に似たもので、同じ時期にフォレストヒルズ・ガーデンズやキューガーデンズといったイギリス風計画都市も開発が着手されようとしていた。

マクデューガルの都市構想
ガーデン・アパートメント

 しかし、ジャクソンハイツはそれらとは一味違っていた。1914年マクデューガルがヨーロッパ旅行を前後して打ち立てた構想で、主にベルリンの5〜6階建集合住宅に影響を受けている。フォレストヒルズ・ガーデンズが一戸建てと集合住宅の混在型であるに対し、ジャクソンハイツは集合住宅のみにフォーカス。「ガーデン・アパートメント」という造語は、ジャクソンハイツに特化した新語として、1917年ごろから使われ始めた。

 「ジャクソンハイツ〜ガーデン・イン・ザ・シティー」(ダニエル・カラザス著)によると、オリジナル構想の中のガーデン・アパートメントの定義は以下の通り。①日当たりと通気性を追求するため、全ての部屋に窓があること。②開放的な空間を追求するため、建蔽率は約40%に。通りに面した前庭があり、棟の奥・中央には住民専用の庭や公園があること。ちなみに、当時のマンハッタンの平均建蔽率は70%だった。

 ジャクソンハイツ最初のガーデン・アパートメントは、1917〜18年築のその名も「ガーデン・アパートメンツ」。今の80ストリートを挟み、35〜37アベニュー沿いに建てられた、5階建14棟の大型住居コンプレックス。ライムストーンとグレーのれんが造りの美しいビル群だ。

 1925年「グレイストーン・アパートメンツ」と改名された。理由は明白で、最初は造語だった「ガーデン・アパートメント」が、その頃になると一般用語として用いられるようになったため、差別化するためだった。現在は「ザ・グレイストーンズ」と呼ばれる。

 ただ、この最初のガーデン・アパートメントは、住居棟が中庭を囲むという、マクデューガルのオリジナル構想とは少しスタイルが異なる。広い前庭と裏庭を擁し、ストリートを挟んで棟が向かい合うスタイルだ。

 当時の写真を見ると、まるで今のコロナパークの広大な芝生の真ん中に、四角いビル群がポツンと立っているようだ。周辺はまだゴルフ場だった時代である。その後、中庭を擁するガーデン・アパートメントが周辺にどんどん建てられていく。

 そして、マクデューガルが課した入居条件はかなり厳しい、保守的なものだった。 (佐々木香奈)

80ストリートを挟み、35〜37アベニュー沿いに建つ「ザ・グレイストーンズ」
「ザ・グレイストーンズ」の一棟。ストリートから奥まった場所に建設され、外部からは見えない裏庭がある

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