2017/03/03発行 ジャピオン905号掲載記事

この街に住みたい

世界中から人が集まるニューヨークには長い発展の歴史と物語がある。3、4月は、8回にわたり、クイーンズ区ジャクソンハイツの歴史を振り返る。

ジャクソンハイツ❶

 北はディトマスブルバード、南はルーズベルトアベニュー、東を94ストリート(ジャンクションブルバード)、西をBQE(ブルックリン・クイーンズ高速道)に囲まれたエリアが、今のジャクソンハイツだ。

 その中程を走る大通りがノーザンブルバード。かつてはジャクソンアベニューと呼ばれていた。ジョン・C・ジャクソンという人物が、1859年に開通させ自分の名を冠したわけだが、それが「ジャクソンハイツ」の地名の由来だ。一帯の開発が始まったのが1910年、命名は16年。

 1920年代、道路に「ブルバード」とつけることがはやった時代があり、その時流でノーザンブルバードに改名された。ジャクソンアベニューの名前は今も、クイーンズプラザからミッドタウントンネルまでの区間で残っている。どうせならジャクソンハイツにオリジナル名を残しておけばいいものを。

高級感込め「ハイツ」に

 ジャクソンハイツと命名される前、この一帯は「トレインズ・メドウ」(訳すなら「列車草原」か)と呼ばれていた。列車が走っていたわけでもないのに、なぜこう呼ばれたのか。昔の地名に謎は付き物だが、ここも例に漏れず。諸説ある中、どうやら「ドレイン(drain=排水)が訛ったもの」が最有力説のようだ。「メドウ(meadow)」が草地・低湿地を意味することを考えても、本来は「ドレインズ・メドウ」だったのかもしれない。

 さて、その本来〝低地〟である土地が、「ハイツ(Heights)=高い所」と名付けられたのには理由がある。1900年代初頭、アッパーミドルクラス(中流階級でも上層の富裕層)向けに開発されたこの街に、それ相応の格付けをするためだ。街の名に「ハイツ」を冠するのは、当時のステータスシンボルだった。

 そのジャクソンハイツの生みの親は、ブルックリン出身の不動産開発業者エドワード・マクデューガルだ。1910年クイーンズボロ・コーポレーションを創設し、一帯の土地を購入すると、5階建て集合住宅建設案を推進した。

 折しも、イギリスから新しい街づくりコンセプト「ガーデンシティー」が輸入されていた時代。そのブームに乗り、近隣のフォレストヒルズやキューガーデンズ、リッチモンドヒルズなどと同時期に開発された、全米初の計画都市の一つがジャクソンハイツだ。ノーザンブルバードとルーズベルトアベニュー、76ストリートと88ストリートの間の歴史保護区には、このころ建設された美しい中庭付きのアパートが並ぶ。

 不動産の所有形態であるコープは、この時代にここで始まった。ガチガチの保守的思考のもと、入居者は裕福な白人に絞られた。移民が大半を占める今のジャクソンハイツからは想像もつかない。(佐々木香奈)

地下鉄7番線74ストリート/ブロードウェー駅、マンハッタン方向のプラットフォームから見たジャクソンハイツ

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