2017/02/24発行 ジャピオン904号掲載記事

この街に住みたい

グリーンポイント散策❽

亡国の移民たち

 グリーンポイントが工場の廃棄物でみるみる汚染されるにつれ、治安も悪化し、一時は「デンジャータウン」と呼ばれるほど組織暴力がはびこった。ドイツ系、アイルランド系、イタリア系など初期の移民労働者たちは次々に郊外へ脱出。代わりに1896年を境にポーランド系移民が増えた。その年、ポーランド系カトリック教会「聖スタニスラウス・コスカ」がフンボルトストリートに建立されたのがきっかけだ。
 信心深く清潔好きで、黙々と仕事をこなすポーランド人は、初め船舶用ロープ製造工場などで働いたが、その勤勉さを買われ、製油所、精糖工場、鉄工所など重工業の主戦力となる。一方で労働争議となると激しく経営者と渡り合う一面もあったという。

 1795年から1918年までポーランドという国家は存在せず、この期間の移民の正確な人口統計はない。ポーランドの言葉を話し文化を背負うものの、彼らに国はなかった。ドイツやオーストリアやロシアのパスポートで米国に渡ってきたのである。その後、主権国家を回復したが、39年のナチス侵攻で、国土をソ連とドイツに引き裂かれた。ユダヤ人収容所に送られたポーランド人は計190万人にも上る。戦後もポーランドから、貧しい労働者が家族や友人を頼って移住する傾向は続いていたが、89年の共産主義体制崩壊と共に知識階層やホワイトカラーの移民が大量に流れ込んだ。一時は街の人口の8割がポーランド系とまでいわれた。

ここはポーランド

 現在、ポーランド系人口は8000人程度。住民の約25%。2000年当時に比べると半減した。母国がEU圏で未曾有の経済成長を遂げ、帰国者が急増しているという。それでも、マンハッタンアベニューなど目抜き通りにはポーランド人経営の小商店が軒を並べ、舗道ではポーランド語が飛び交っている。

 「ポローニャ」の看板を掲げる書店に入ると、ポーランド語の小説や雑誌が整然と並んでいた。本好きの国民とは聞いていたが、リアルタイムで母国の情報に接しているようだ。精肉屋では、名物「キエルバッサ」を始め何種類もの自家製ソーセージがポンド6ドル程度で買える。陽気な女主人ゾティアさんに勧められた「焼きたてローストポーク」が塩加減もよく日本人の口によく合う。発酵ライ麦のスープ「ジュレック」やポーランドのギョウザ「ピエロギ」もうまそうだ。

 ヒマワリの種が載った珍しいパンを売るベーカリーのカローラさんは、常連客とポーランド語で世間話。聞けば2カ月前にポーランドの地方都市から来たばかりだとか。グリーンポイントとポーランドは、今でも見えない太いパイプでつながっている。(中村英雄)

ドリッグスストリートにあるポーランド人会館。館内のラウンジ「ワルシャワ」はロックの名ライブハウス
キスカ精肉店(創業30年)の女主人ゾティアさん。自家製ソーセージやハム類は祖国と変わらぬ味
シャイな売り子カローラさん。「ポーランドよりニューヨークの方がちょっといいかな」と小声で語った

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