2017/01/20発行 ジャピオン899号掲載記事

この街に住みたい

グリーンポイント散策❸

「ブラック」企業の台頭

 19世紀半ばのグリーンポイントでは造船から派生して他の工業も興隆した。印刷業、製陶業、石炭石油の精製業、ガラス工業、ロープ製造業などである。いずれも「ブラック企業」と呼ばれていた。と言っても昨今のように不当な長時間労働や賃金未払いゆえのブラックではなく、どの業種も工員たちが顔を真っ黒(ブラック)にして働く仕事だったため、そう総称されたのである。

 黒の度合いではいささか見劣りするかもしれないが、グリーンポイントの「ブラック」グループの中に鉛筆製造業があったことは看過できない。

 1761年にドイツのニュールンベルグ郊外スタイン村で創業した老舗「ファーバー」社は、19世紀に入るとフランス経由で技術革新を取り入れ鉛筆の大量生産に成功。現在、普及しているB、HB、H、といった硬度等級や消しゴム付き鉛筆など、同社による鉛筆のイノベーションは枚挙にいとまがない。美術やデザインに携わる人なら「ファーバー&キャステル(現社名)」の鉛筆を一度は手にしたことがあるだろう。

 そのファーバーの5代目社長エベルハルト(1822〜79年)が1848年に来米。ニューヨークに自社製品の直販店を開いたのち、61年には米国初の鉛筆製造会社を起こした。その後、火災のため工場をグリーンポイントに移したのが72年。以来、1956年にペンシルべニアに移転するまで、グリーンポイントで何百人もの工員(主に女性)を雇用して成長。全米一、いや世界一の鉛筆王国を築いてきた。

 ちょうど同じドイツ出身の家具職人が19世紀後半にアストリアでスタインウェイ・ピアノの大工場を築き、米国のピアノ製造をリードしたのに似た構図だ。アメリカ近代化の陰にドイツあり。

今も残る鉛筆の跡

 今でもケントストリートやウェストストリート、そしてグリーンポイントアベニューの界わいを歩くと数多のファーバー工場跡に出くわす。ビルの上部にひし形に囲まれた星印のシンボルマークを見つけたら、ファーバー関係の建物だ。造形的にはグリーンポイントアベニューの47−61番地にある6階建ての旧本社工場ビル(1924年竣工)が一見の価値あり。アール・デコ調のビルを見上げると星印の間に巨大な鉛筆のレリーフが並んでいる。

 20世紀に入り、鉛筆がみるみる「とんがる」一方で、本家本元の造船業には陰りが生じてきた。船舶が大型化し、技術も進歩したためブルックリンの小さな港ではとても生産が追いつかなくなってしまったのだ。めまぐるしく変わる社会環境の中で、当時の人々はどう適応していったのか?次回をお楽しみに。(中村英雄)

1924年に建てられたファーバー社の旧本社工場ビル。当時は技術革新で鉛筆が大量生産されていた
旧本社ビル工場はよく見ると、上部に、ファーバー社のシンボルの星マークと鉛筆の飾りがある
1909年当時のニュータウンクリーク。造船業はピークオフし、代わりに精油工場がクリーク沿いに林立する

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