2016/12/23発行 ジャピオン896号掲載記事

この街に住みたい

ルーズベルト島❽

 この島に人が住み始め、コミュニティーができ始めたのは1970年代からだ。日本人にもなじみ深いところでは、コフィ・アナン前国連総長も住人だった。この島は国連が近いことから、早い時期から国連関係者が多く住んでいたのだ。

 まだ無名だったころの女優サラ・ジェシカ・パーカーもここに住んでいたことで知られる。さらには、この島が流刑の地だったころの著名な囚人も何人かいる。

あのビリー・ホリデーも

 伝説のジャズシンガー、ビリー・ホリデーもその一人だ。1929年、母と一緒にハーレムに住み始めたホリデー。そのとき母はすでに娼婦で、まだ14歳にならないホリデーも、生活苦から売春で稼ぐようになっていた。同年5月、売春宿に警察の手入れがあり、二人が逮捕され収容されたのが、ウェルフェア島(当時)にあった更生施設だ。

 二人が島にいたのはわずか数カ月ほどだったが、ジャズシンガーとして有名になる前の、まだ少女期のビリー・ホリデーの悲しい過去がこの島にはある。

 ホリデーとは比較にならない極悪囚人が、19世紀の汚職政治家ウィリアム・〝ボス〟・ツイードだ。ニューヨーク市から数百万ドルを搾 取した罪で、1874年ブラックウェル島(当時)の刑務所に投獄されている。

 投獄とは名ばかりで、〝ボス〟の独房は南向きの窓からマンハッタンを眺める高級アパートだったと、著書「The Other Islands of NYC」(シャロン・セイツ&スチュアート・ミラー著)に記録されている。玄関にも鍵はされず、看守もいなかったと。

 19世紀のこの島の刑務所と精神病院の環境が劣悪で、囚人と患者が虐待されいたことは、この連載でもしつこく触れたが、その反面〝ボス〟のような、不当な特別扱いがまかり通っていた時代でもあったのだ。

 連載の締めに、時代を一気に現在に戻そう。島の最南端にあるフォー・フリーダムパークは、2012年の完成。文字通り、フランクリン・ルーズベルト元大統領と、その1941年の「四つの自由」演説を記念したものだ。

 今年の大統領選挙で惜敗したヒラリー・クリントン民主党候補が、2015年の出馬表明直後に、最初の選挙運動を展開したことでも注目された場所だ。気候が良い4月から10月の期間、公園内では野外ヨガや子供向けシアターなど、さまざまな催しがある。

 2010年の国勢調査で、ルーズベルト島の人口は1万1661人。00年の同調査時の9520人と比べると、確実に増えている。17年コーネル・テックが開校し、学生や研究者向けの住居施設が完成すると、20年の国勢調査では大学関連人口が一気に増えるに違いない。さらなる開発で、島はこれからどう変わるのか。(佐々木香奈)

ルーズベルト島最南端にあるフォー・フリーダムパークの入り口
コーネル・テックの建設現場。現在開発の第一段階。まだ敷地南部は手付かずの状態。今後建設はさらに続く

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