2016/12/09発行 ジャピオン894号掲載記事

この街に住みたい

ルーズベルト島❻

 1973年、島名がルーズベルト島に変わると、島の再開発の時代に入る。

 建築家によって都市計画が練られ、島内のアパートビル第1号「アイランドハウス」が完成したのは1975年。翌年「イーストウッド」「ウェストビュー」「リバークロス」と、三つの新築アパートビルが続々と完成し、ルーズベルト島もいよいよ「住める街」の時代へと移っていった。これら四つの最初のアパートビル群は「WIREビルディング」の愛称で呼ばれた。

 そうなると必要になるのは交通機関の整備。1909年開通のクイーンズボロ・ブリッジは、クイーンズからマンハッタンをつなぐもので、島をまたいでしまっていた。そのため当時、島とマンハッタン、クイーンズをつないでいたのは、クイーンズボロ・ブリッジを走る路面電車。橋の中央部分に「駅」があり、そこに設置されたエレベーター(車両と人用)が、しばらくは島の住人の命綱だったのだ。今のトラム乗り場がある場所だ。

 そのエレベーターも、1955年、島とクイーンズをつなぐウェルフェア島ブリッジの完成後は閉鎖されていた。70年代半ばの再開発時代に入ると、それでは不便だとエレベーターも一時復活したものの、路面電車そのものも廃止されるわ、予定されていた地下鉄開通も遅れるわで、島には車以外の「足」が決定的に不足していた。

トラムウエー開通へ

 その頃すでに、島の開発はニューヨーク州に委託されていた。

 公益法人「ルーズベルト島オペレーティング・コーポレーション(RIOC)」が思いついたのが、トラムウェーだった。マンハッタンの60ストリートと2アベニューの乗り場から、クイーンズボロ・ブリッジに沿ってロープを張る工事は、地下鉄工事よりはずっと迅速に進められ、76年には開通。観光用ではなく、住民の通勤・通学目的でのトラムウェーとしては、北米初だ。

 最初は地下鉄ができるまでの暫定処置のはずだったが、結果的には観光資源にもなり、今も年間の利用者はのべ約260万人。住民の便利な足としてはもちろん、市内のシンボル的な存在にまでなっている。

 管理運営はRIOCであり、メトロポリタン交通局ではない。が、地下鉄と同じメトロカードで乗り降りし、料金も同じで、地下鉄やバスとの乗り換え機能もある。2010年3月、2500万ドルの予算をかけた設備のために閉鎖されたが、同年11月末には運行が再開された。

 島に地下鉄がついに完成した1990年まで、トラムウェーは島住民のマンハッタンへの唯一の足だった。この地下鉄駅は、今のF線の「ルーズベルト島駅」だ。市内の地下鉄で最も深い位置(地下30メートル)にある駅で、長いエスカレーターを三つ乗り継いで乗降する。(佐々木香奈)

トラムウェー乗り場。クイーンズボロ・ブリッジの真下にある。ここにかつては橋へのエレベーターがあった
トラムウェーから見たクイーンズボロ・ブリッジ。数々の映画の舞台にもなった、観光スポットでもある

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