2016/11/18発行 ジャピオン891号掲載記事

この街に住みたい

ルーズベルト島❸

 今でこそ高層ビルが林立し、新しい大学施設までが建設中と、明るい話題満載のルーズベルト島だが、かつては犯罪者や精神障害者、感染病患者らを隔離する場所だった。ニューヨーク市に住む者なら漠然と知っている、この島の歴史だ。

最初の刑務所は1828年

 1820年代前半になると、ニューヨーク市は全米最大の貿易拠点として栄えていた。当然、労働者とその家族が移住してくるので人口が増える。そうして大都市という形態を成すようになると、貧富の差が生まれ、犯罪が増え、公衆衛生が乱れるのが世の常だ。

 その対策として市が行ったのが、マンハッタン周辺の島々を買い取り、刑務所や病院といった特殊施設をそこに集約することだった。どう考えても「島流し」の発想なのだが、当時の市の言い分は、「静かな島なら、病人や犯罪者にとって〝健康的〟な環境だろう」と。物は言いようである。

 市が真っ先に買ったのが、ルーズベルト島(当時のブラックウェル島)だった。1828年のこと。その年のうちに、市はマンハッタンの刑務所にいた囚人を労働力にし、島中央にブラックウェル刑務所(男性用500房、女性用256房)の建設を始めた。以降、1850年代にかけてが、建設ラッシュとなった。

芸術的建築、その実態は…

 ちなみに、この時期に建てられた島の刑務所や病院の建築材料は、島の岩盤である花崗岩。昔の建物が皆そうであるように、造りは頑丈で、建築物としての美しさはまさに芸術の域だったと、著書「TheOther Islands of NYC」(シャロン・セイツ&スチュアート・ミラー著)に記録されている。

 1841年、島北部にオープンした市営精神科病院「NYLunaticAsylum」は、その最たる例だろう。今ものその美しい八角形の中央棟は、高級レンタル住居ビル「オクタゴン」のエントランスとして残っている。外観が美しいだけでなく、5階吹き抜けの大規模な螺旋階段など、内装建築も一筆に値するものがあった。この芸術的建築物に、当時は重篤な精神障害者が収容されていた。

 市政府は、これらの施設とそれを集約させた島を、「囚人や患者にとって健康的な環境」として、イメージ的美化を図った。しかし、実態は真逆。何しろ刑務所を建てる労働力も囚人なら、この後続々とオープンする囚人用医療施設の看護師らが、元囚人といった具合に、実質的な「島流し」だったことは明白だ。

 1842年、イギリスの作家チャールズ・ディケンズが、この精神科病院を訪問したことがあった。美麗なる建物に詰め込まれた患者が、「虚ろな目で館内を徘徊するその様は、地獄絵だった」と、旅行記「アメリカノート」につづっている。(佐々木香奈)

ルーズベルト島北部にある高級レンタル住居ビル「オクタゴン」エントランス。かつての精神科病院の中央棟
八角形のタワーはエントランスで、その南に立つのが新しい住居棟。住人専用のテニスコートもある

バックナンバー

NYジャピオン 1分動画