アメリカに落語の花を咲かせましょう

〜第20回〜 松本での独演会

異なるジャンルで活躍する当地の日本人が、不定期交代で等身大の思いをつづる連載。


厳しく忙しい前座修業が終わり二ツ目になると、生活がガラッと変わります。眠くて眠くて仕方なかった日々は、目覚ましはかけずに、いつまでも寝ていたいだけ寝ていられる日々になります。その代わり落語をする機会、すなわち収入を得るには自分で動かなきゃいけないのですが、仕事はなかなかできません。

僕は前座の時分に師匠について長野県松本市に行っていました。二ツ目になってからは学校や村の施設の小さな落語会に僕一人で呼んでいただいたり、松本落語会という日本で一番歴史のある会にも度々呼んでいただいていました。

その縁で松本駅前に新しくできるそば屋さんで年に4回独演会という名の勉強会を開いていただけることになりました。僕も二ツ目に成りたて、ご主人は退職したて、お店はできたてで関わる人全員が新しい気持ちでした。そしてお客さまも松本落語会のお客さまとは違って、数年に一度落語を聞いていた方たちが、毎回足を運んでくださいました。

その会に向けて僕は大ネタと呼ばれる演目も稽古して披露しました。真打ちがやっても難しい噺(はなし)に挑戦することにしたのです。若いうちから取り組まないと、真打ちになってから熟成されない、そう思ったからです。

松本は冬が比較的長いので、冬の噺を多く仕込みました。芝浜、文七元結(ぶんしちもっとい)、二番煎じ、味噌蔵。いろんな噺をして、僕と共にお客さまも長い噺を集中して楽しめる修業を繰り返しました。お客さまはお金を払って修業、苦行する、とてもありがたい落語会でした。そして終演後の宴席ではおいしいおそばと土地で取れたさまざまな料理でおもてなしを頂く、とてもぜいたくな会でした。

 

 

国宝松本城での落語会

数年経って僕は8月に松本に行ったことがないことに気が付きました。その頃の僕は暇に任せてクラシックやジャズのレコードを集めて聴くのを密かな楽しみにしていたのですが、サイトウ・キネン・オーケストラを松本で見たいなと思ったのが発端でした。

松本のおそば屋さんをはじめ、ご縁のある方にお願いをし、サイトウ・キネンを見たいので交通費と鑑賞費だけなんとか落語会をして捻出できないかと相談しました。そしていくつか公民館や学童クラブでの話が決まった頃、国宝松本城の太鼓門(こちらも国宝)での落語会が決まりました。

真夏の噺「青菜」を披露

太鼓門は一般には公開されておらず、その落語会のために公開されることになりました。8月の暑い日でしたが門の中の会場は風が通り涼しく、いっぱいのお客さまはおのおの扇子やうちわを持参していましたが、とても心地良かったのを覚えています。そして僕は真夏の噺、「青菜」を思い 切りやりました。

数カ月後の独演会の時に聞いたのですが、落語会を許可した松本市の職員さんは東京の文化庁かどこかの役所から「国宝で落語会なんかするものではない」と大目玉を食らったそうです。それ以来、太鼓門での落語会の話はきませんし、担当の方にお会いした記憶もないような。

松本には1週間ほど滞在し、大きな会場でのオペラと中くらいのホールでの室内楽、そして小さな会場でのピアノを聴き、落語会も3回して東京に帰って来ました。

二ツ目の10年ちょっとの間で一番多く訪れたのが松本市で、収入の無かった頃は本当にありがたかったです。文字通り本当においしいものを食べてご祝儀を頂いた話はまたいずれしますが、民藝に囲まれ、音楽やアートに囲まれ、自分の芸を広げようとしていた頃が懐かしいです。山賊焼や蜂の子なんて、さすがのニューヨークでも食べられないもの。安曇野の水で打った透明のそばも、ああ、こう書いているとグラセンからヒョイっと「あずさ号」に乗ってと想像しますが、虚しいだけなのでやめておきます。

【次回予告】

次号は、柳家東三楼さんのエッセー第21回をお届けします。

 

 

 

 

柳家東三楼
(やなぎや・とうざぶろう)

東京都出身。
1999年に3代目・柳家権太楼に入門。
2014年3月に真打昇進、3代目・東三楼を襲名。
16年に第71回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
19年夏よりクイーンズ在住。演出家、脚本家、俳優、大学教員(東亜大学芸術学部客員准教授)としても活動。
紋は丸に三つのくくり猿。出囃子は「靭(うつぼ)猿」。
現在、オンラインでの全米公演ツアーを敢行中。また活動支援を募るクラウドファンディングも募集中。
詳細はウェブページへ。
camp-fire.jp/projects/view/483182

 

 

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東三楼さんは、現在子供たちや学生、大人へ落語のグループ稽古を提供しています。落語と共に、日本語や日本の文化を一緒に学びましょう!

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