2016/11/04発行 ジャピオン889号掲載記事

この街に住みたい

ルーズベルト島❶

 ニューヨーク市の歴史の中でも、ルーズベルト島ほど何度も名前が変わり、島としての役割までも変化した場所はない。

 最初は農地だったのが、後に日本で言う「島流し」的な場所となり、その後低迷期を挟み、今また大規模な再開発が進行中だ。目玉は、現在島南部に建設中のコーネル・テックのキャンパス。コーネル大学とイスラエル工科大学の共同プロジェクトだ。2017年には開校が予定されている。

 さらに、この島はれっきとしたニューヨーク市の一部であり、行政・郵政区画的にはマンハッタンでありながら、その開発や運営は1969年から99年契約で、ニューヨーク州政府に「リース」という形で委ねられている。運営権の返還は、リース契約が切れる2068年。まだまだ先だ。

 このように、市内でもユニークな歴史を持ち、かつ微妙な位置付けなのが、ルーズベルト島だ。

かつては「豚の島」?

 記録に残る島の歴史は、1600年代初頭、オランダによる植民地時代までさかのぼる。ニューヨーク州政府の管理下で、島の開発・運営を司るルーズベルト島オペレーティング・コーポレーション(RIOC)の記録には、「17世紀初頭、島は地元の先住民部族により、ミナハノンクと呼ばれていた」と記されている。その後ホグアイランドに変わったのは、1633年、当時のオランダ総督が先住民カナーシー族から土地を買い取り、農地や放牧地として利用し、豚(hog)を飼育したのが由来だ。

 一方、微妙に異なる説も。著書「The Other Islands of NYC」(シャロン・セイツ&スチュアート・ミラー著)によると、ルーズベルト島の最初の名前がホグアイランド。ミナハノンクは現在のランドールズ島の名前だったというのだ。どちらが正しいのやら。

ブラックウェル島から
ウエルフェア島に改名

 1664年、米国の殖民権がオランダから英国に移る。ヨーク公(後のジェームズ2世)が、部下のジョン・マニング大佐にホグアイランドを譲渡したのが1686年で、所有権はその後マニング家に代々受け継がれる。大佐の孫、ジェームズ・ブラックウェルの代で、1796年ブラックウェル島に。ちなみに表記にも2説あり、RIOCによれば「Blackwell’sIsland」だが、一般には単に「Blackwell Island」と言われる。

 1828年、市がブラックウェル家から島を買い取ると、市の方針で、天然痘の隔離病棟や精神病院、刑務所、低所得者住宅と、特殊な施設が林立し始める。島の名前もその役割にふさわしくウエルフェア島と改名されるに至る。1973年にルーズベルト島に改名されるまでが、この島の暗黒時代と言っていいだろう。(佐々木香奈)

トラムウエーから見たルーズベルト島の西側。写真左はイーストリバー。川の対岸がマンハッタン
島南部に建設中のコーネル・テックのキャンパスと、学生・研究者向けの住宅。2017年開校予定

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